狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十一話 大好きな人
『――陛下は自分の命が狙われていることに気づいてた。しかもそれが大魔王や魔族じゃない、「身内の中にいる」こともわかってたんだ』
歩く。
歩く、歩く。
久しぶりに聴けたディレイさんの声。
少しも変わらない大好きな人の声を、何度も思い出しながら。
『だから俺がここに来た。宰相の言うとおり、俺の透明な体は後ろめたいことをするのには最適さ。だからエルルの横にいないときは、城から出入りするやつらの動きを監視したり、怪しいやつがいないかずっと調べてた』
さっきまで僕の世界は真っ暗で、歩く力も湧いてこなかった。
でも今は違う。
大魔王を倒したときよりずっと強い力が、心の奥から無限に湧いてくる。
時間にすればほんの一瞬。
ただディレイさんと話せただけで、こんな元気になれるなんて。
僕は自分で思ってるよりもずっと単純で、ずっと簡単な人だったみたい。
『捕まったあの日、俺はようやく手がかりを掴んだ。城と外を行き来するどの納品リストにも載ってない……得体の知れない商人と、「サレンさんが」城の外で直接取引してるらしいって話を』
サレンさん。
ヴェルテウスさんの秘書で、僕とディレイさんに親切にダンスを教えてくれた、あのサレンさんが。
『だからエルルには、サレンさんの私物をいくつか手に入れてほしいんだ。なんでもノルンなら、その私物からサレンさんのここ数日の足取りとかを読み取れるらしくてさ』
『任せてよー! 呪いについてはさっぱりだけどー、これでも魔法については世界一なんだからねー!』
正直、サレンさんを疑いたくなんてない。
ディレイさんのことは絶対に助けたい。
けどそれでも、あのサレンさんが犯人かもしれないなんて、絶対に考えたくなかった。
だからまずは、僕がサレンさんの真実を確認する。
僕にできることが見えて。
僕がやるべきことが見える。
どんなに自分が単純で、簡単な人間だって思っても。
こういうときの僕は、強い。
そのことは、僕自身が誰よりも一番よく知ってるから――
――――――
――――
――
「――ようこそいらっしゃいました、エルルーナ様」
「っ……!」
人目に付く道を全部迂回して、誰にも見つからずにここまで来たはずだった。
けどそんな僕が来るのを見透かしていたみたいに、サレンさんは自分の部屋の前で、一人で静かに待っていた。
「そろそろいらっしゃる頃かと思い……こうしてお待ちしておりました」
「待ってたって、どうして……?」
驚いて身構える僕に、サレンさんは普段と同じ無表情のまま向き合う。
「……エルルーナ様は、ディレイ様の無実を証明したいのでしょう?」
サレンさんの冷たい瞳が、僕をまっすぐに射抜く。
まるでこれからここで命がけの戦いが始まるみたいな……勇者の僕でも思わず剣の柄に手をかけるくらいの、強烈な重圧をサレンさんから感じた。
「ご安心ください、エルルーナ様。私はここで、貴方に自白をするために待っていたのです」
「自白って……」
ふっ……と。
それまで辺りを包んでいた緊張が解ける。
同時にサレンさんはゆっくりと僕の前まで歩いてきて、執務服の胸元から小さな羊皮紙の巻物を取り出した。
「これ……なんですか?」
「私がこれまで、『ヴェルテウス様の命』で密かに城に運び入れた品々のリストです。国王陛下に用いられた薬物も……ここに記されています」
「っ!? なら、お父様に毒を盛った犯人は――っ!」
「……ヴェルテウス様です。ヴェルテウス様は、かねてより『自らがこの国の玉座に着く』という望みを胸に秘めておられました。ヴェルテウス様のその思いは年々強くなり、ついには陛下の衰弱を後押しするためにこのような……」
「そんな……そんなことって……っ」
ショックだった。
僕にとって、ヴェルテウスさんは恩人だった。
お父様が倒れて、お母様が亡くなって。
どうしたらいいのかわからなかった僕を、ヴェルテウスさんは魔族との戦いに快く送り出してくれた。
国のことは、自分に任せてほしいって。
僕には僕にしかできない役目がある。
大魔王を倒せるのは、この世界で僕だけだって。
あのときからずっと。
ずっと、信じてたのに……っ。
「私にとって、ヴェルテウス様はこの世の全てです。本来であれば……私があのお方の計画を妨害するなど、絶対にあってはならないことなのです」
「この世の、すべて……」
思わず手元から顔を上げた僕の視界に、サレンさんの瞳が飛び込んできた。
初めて間近で見たサレンさんの青い瞳は……とても寂しそうだった。
「エルルーナ様……私は、ヴェルテウス様をお止めしたいのです。しかし主に忠誠を捧げた私の言葉では、ヴェルテウス様のご意志を変えることはついに叶いませんでした」
「サレンさん……」
「我が主は、すでに取り返しがつかないほどの罪にその手を染めています。ですがそれでも……大恩ある陛下までその手にかけてしまえば、あのお方は本当に人としての道を外れてしまう。ヴェルテウス様が陛下によって命を救われ、そのヴェルテウス様に命を救われた私には……そう思えて仕方ないのです」
ああ、そうだったんだ……。
少し前の僕なら、きっと気づかなかったと思う。
けど今の僕には、すぐにわかった。
サレンさんも、僕と同じ。
ディレイさんのことが大好きな、僕と同じ。
ヴェルテウスさんのことが心の底から大好きで、この世界の誰よりも大切で。だから――
「そのリストには、表向きヴェルテウス様が関与した証拠となるような印はありません。ですがいくつかの魔法を用いることで、この国の宰相だけが使う特殊な印が浮かび上がるようになっています。恐らく、宮廷魔術師のノルン様であれば容易に看破できるでしょう」
「わかりました……ありがとうございます、サレンさん。サレンさんが僕に教えてくれたことは、絶対にみんなに伝えますから……っ!」
「私へのご配慮なら不要です……エルルーナ様におかれましては、どうか一刻も早く陛下とディレイ様を」
「……はいっ!」
サレンさんから受け取ったリストを握り締めて。
僕は一度大きく頭を下げてから、きびすを返して駆け出した。
もう、僕が助けたいのはディレイさんだけじゃなくなった。
ヴェルテウスさんを止めたいと願うサレンさんも。
サレンさんからあんなに想われている、ヴェルテウスさんだって。
きっとなんとかする。
今度こそ、絶対に。
僕だけじゃない、みんなの力で。
そう思うほど僕の一歩は強く、踏みしめるたびに早く。
大好きな人のところに向かって、その速度を増していった――。