狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十二話 玉座
「――終わったよー! 間違いなくこのリストは、宰相様が直接手配してる。だからやっぱり、ブレイアスを殺そうとしてたのは……」
「ヴェルテウスさん……なんですね……」
サレンさんとの対話からすぐあと。
急いで図書室にサレンさんから渡されたリストを持っていった僕は、すぐに解析を終えたノルンの話を聞いていた。
「うん……わたしもショックだけど、まず確定だと思う。けど、次はこれをどうするかなんだよねー……」
せっかくこんな証拠が手に入ったのに、なぜかノルンはその小さな体で腕組みをして思い悩む素振りを見せた。
「どうするって……そんなの、すぐに公表してディレイさんの無実を晴らすに決まってるじゃないですか! ヴェルテウスさんだって、そうなればこれ以上悪いことはできないはずですっ!」
「そんな簡単にはいかないよー。だってヴェルテウスは、この国の有能な宰相様なんだよ? あの子を止められる人なんて、ここには国王のブレイアスくらいしかいなかった。けど今のブレイアスは……」
ノルンの話はもっともだった。
弱っていたお父様はもちろん、僕だってずっと国のことはヴェルテウスさんに頼り切りだったんだ。
表には出てこない根回しや計画性で、僕がヴェルテウスさんに勝てる部分なんて一つもない。
だけど――
「――僕がやります」
「エルル……?」
考え込むノルンの前で、僕は机に置かれたリストを手に取って立ち上がる。
「僕は勇者です。ここには僕が戦う相手も、大魔王もいないけど。それでも、僕にしかできない戦い方がある……! このリストを街のみんなの前で公表して、お城の中であったことを……僕の口から直接みんなに話します!」
「ええーーーーっ!?」
そうだ。
ついさっき、他でもないヴェルテウスさんが僕に教えてくれた。
僕はみんなを照らす太陽で、みんなの心を明るくする力があるんだって。
お城の中では勝てなくても、僕が街のみんなを味方につければ、いくらヴェルテウスさんでも今の計画を押し通すのは難しくなるはず。
「ちょ、ちょっと待ってよエルルー! そんなことして、本当に大丈夫なのー!?」
「わかりません。けど、きっと大丈夫……僕は、この国のみんなを信じます」
ずっと前……ディレイさんと一緒に街で聞いたみんなの声。
僕を好きだって言う人も、嫌いだって言う人も……本当にたくさんの人の声を、僕はあの一日で聞くことができた。
『この街の人は、エルルのことをちゃんと見てる。みんな好き勝手いろんなこと言ってるけど、もしも君になにかあったら……きっと、悲しむ人のほうが多いんじゃないかな』
あのとき、ディレイさんが僕に教えてくれたこと。
だから僕はみんなを信じて、僕一人じゃできないことをやってみようって思えた。
「ノルンはディレイさんのことをお願いします。この証拠がある以上、ディレイさんを牢屋から出すだけなら、牢番も無理に抵抗はできないはずです」
「本気なんだね……なら、ディレイのことはわたしに任せてー!」
僕とノルンはお互いに顔を見合わせて頷き合う。
いろんなことが一度に起きて、まだ心も頭も全然整理できてない。
けど今は動くときだ。
ヴェルテウスさんが、僕たちの行動に気づく前に――!
『――動くな、反逆者ども』
「っ!?」
でもその時だった。
図書室のドアが強い力で突然蹴破られて、そこから現れた大勢の武装した近衛が僕たちを一斉に取り囲んだ。
「なにこれなにこれー!? 反逆者って、わたしたちのことー?」
「どういうことですか!?」
『反逆者……宰相に逆らう者は、捕縛せよと……』
「宰相……? まさか……ヴェルテウスさんが!?」
おかしい。
みんな僕たちの話を聞いているのかもわからないし、目の焦点も合ってない。
そもそも王族を守るための近衛が、王女の僕に警告もせずに剣を抜くなんて……。
「まずいよエルルー! ここにいるみんな、完全に操られてるみたいー!」
「じゃあ、これもヴェルテウスさんが……!? だとしても、こんなに早く気づかれるなんておかしいですよっ!」
まるで、僕が街に出るって言ったのを見ていたみたいなタイミングだった。
もしそうだとして、どうしてヴェルテウスさんにそんなことが?
「うーん……こうなったら仕方ないねー。わたしはディレイを助けに行くから、エルルは先に宰相様を探してー!」
「……わかりました。なら、ここは強行突破ですねっ!」
「そうなるねー! じゃあ……いーち、にーの、さんっ!」
瞬間、力が弾けた。
疾風のように駆けだした僕が放つ衝撃波で目の前の近衛が冗談みたいに吹き飛んで、同時にノルンの呼び出した大量の水が、体勢を崩した騎士たちをまとめて図書室の外に押し流す。
「ディレイを助けたらすぐに二人で向かうからー! それまで一人で無理しちゃだめだよー!」
「お願いしますっ!」
近衛の悲鳴とノルンの声が一瞬で遠く離れる。
普通の人には影も踏めない速さまで加速して、廊下の壁を垂直に走り抜けながら立ち塞がる騎士たちを傷つけないように弾き飛ばしていく。
『止まれ、反逆者……!』
「どいてくださいっ! どかないと……ちょっと痛いですよ!!」
リーナストーンを抜くまでもない。
一斉に突き出された槍の穂先をはっきりと見つめながら一つ一つ避けて、押しのける。
同時に一カ所に固まる近衛の中に飛び込んで、竜巻みたいな勢いで回し蹴り一閃。
近衛は風に飛ばされた落ち葉みたいにその場で渦を巻いて、そのまま廊下の壁面に叩きつけられて気絶した。
「ごめんなさいっ!」
あの人たちが目を覚ましたら、もう一度謝ろう。
心の中でそう決めて、僕はあっという間に謁見の間に続く廊下へと飛び込む。
サレンさんは、ヴェルテウスさんがずっとこの国の王様になりたがってたって言ってた。
なら……こんなことまでした『あの人』が向かうのは、ここしかない!
「――ヴェルテウスさん!!」
「これはこれは……ようこそいらっしゃいました、エルルーナ姫」
それまでとは打って変わって、静まりかえった謁見の間。
そこには僕が思ったとおり……お父様の玉座に穏やかな笑みを浮かべて座る、ヴェルテウスさんが待っていたんだ――。