狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十三話 真実
「さて……まずはお見事でございました。私にとって、唯一の懸念はまさに城外に私の企てが暴露されること……即座にその点へと思い至り、行動に移そうとした姫様はやはり尋常の存在ではない」
「ヴェルテウスさん……!」
いつもならお父様が座っているはずの玉座。
そこに悠々と腰を下ろし、ヴェルテウスさんは金色の長い髪を気怠げになびかせ、その青い瞳を細めて笑っていた。
「お察しのとおり、すでに城内は『私の力』の制圧下にあります。なぜ姫様が『あのリスト』を手に入れることができたのか……その点は気がかりではありますが、こうして姫様とあの宮廷魔術師を我が城の内に留めてしまえば、なんの問題もありません」
「なぜです……? どうしてこんなことをしたんですか!?」
「なぜ、とは?」
「ヴェルテウスさんはずっと、この国のためにたくさんのことをしてくれました。僕もお父様も、貴方には本当に感謝していたんです! それなのに……お父様への思いも、僕を好きだって言ってくれたのも、全部嘘だったんですかっ!?」
静まりかえった謁見の間に、僕の悲鳴みたいな叫びが響いた。
けどヴェルテウスさんは僕の声に笑みを深め、一つ頷いて口を開いた。
「どうか落ち着いてください、姫様。このヴェルテウス、神に誓って大恩ある陛下や姫様に嘘偽りを口にしたことなどございません。私は今も、この国と貴方の味方です」
「味方って……ならどうしてこんな!?」
「悲しいことに、もはや陛下にこの国を治める力はありません……しかし私は陛下とお約束しました。この国を富ませ、民に安寧を与えると。ならば先に姫様にお伝えしたとおり、私自らが王となってこの国を導くのが最善」
落ち着いた声だった。
言葉どおりの、自分の行動に悪びれた様子も後悔もない。
そういう声だった。
「そして姫様……私から貴方への想いもまた、純然たる本心でございます。貴方は美しい……誰よりも、なによりもです。昇る朝日のような輝きを宿した瞳、瑞々しい草葉に満ちる朝露のような澄んだ横顔。さらにそれだけでなく、貴方には全人類を魔族から救った勇者という、これ以上無い『唯一無二の肩書き』すらあるのですよ?」
思わず、後ずさった。
褒められているはずなのに。
まるで、四方からドス黒い影がまとわりついてくるような。
ゾッとするような気持ちになった。
「貴方を妻に迎えて王になったとなれば、私は謀反のそしりもなにもなく、正統な形でこの国の王座につくことができます。後世の歴史家はそんな私をこう書き記すでしょう……『国と民を大いに繁栄させた名君であり、可憐で心優しい勇者エルルーナの夫として陰ながら支え、愛し続けた希代の人物である』……とね」
「ヴェルテウスさん……貴方は……っ」
「どうでしょうか? これで姫様にも、私の気持ちが嘘ではないことをご理解いただけましたか? 貴方は美しく、若く、才覚に溢れ、さらにこの国の王女にして、全人類を救った勇者です……そのような貴方に、好意を抱かぬ男などこの世に存在しないでしょう?」
黒い影が、濃度を増した。
ヴェルテウスさんが口を開くたびに僕の心が鈍く軋んで、悲鳴を上げる。
見ていない。
この人は、僕のことをなにも見ていない。
僕はここに立っていて、ずっとこのお城で一緒に暮らしていたのに。
僕の容姿。
僕の若さ。
僕の地位。
そして、僕の勇者という肩書き。
たった今この人が言った僕への賛辞は全部、僕の表向きの姿に対してだけだった。
「陛下への忠義を果たし、貴方への愛を証明する……私の行動はすべて、最善に最善を重ねた正統な理由によるものなのですよ、エルルーナ姫」
「ふざ、けるな……っ!! お父様に毒を飲ませて、お城のみんなを思いどおりに操ってなにが忠義だ!! 僕はそんなこと、絶対に認めない!!」
「残念ながら……陛下はもはや回復の目処も立たず、そのような状態で王として存在しつづけることで国政に支障をきたしておりました。薬物を用いたのも、これ以上この国を滞らせず、陛下を無駄に苦しませたくないという……私の『優しさ』によるものなのですよ」
「優しさ……っ」
だめだ。
この人とは、少しも話がかみ合わない。
見てなかったのは、僕も同じだった。
僕はこの人のことを、ヴェルテウスさんのことをなにもわかっていなかったんだ。
「それだけではありません。エルルーナ姫が大魔王を倒し、勇者となれたのもこの私の後押しがあればこそ。違いますか?」
「たしかに……僕に戦場へ行くように送り出してくれたことは感謝してます。でも、それは――」
「いえいえ、違いますよ。私が貴方のために手を下したのは……あの男、ディレイ・ハーレンのことです」
「えっ……?」
突然のディレイさんの名前に、僕の思考が疑問に染まる。
「ディレイさんって……どうして、そこでディレイさんの名前が出てくるんですか!?」
「取るに足らぬ生まれの者とはいえ、さすがは陛下が見いだしただけのことはある。あの男はまだ十代になるかならないかという頃から剣を振るい続け、姫様が旅立つ時期には大魔王討伐に手が届くところまで来ていました……」
自分の鼓動の音が、やけにはっきり聞こえた。
まだその先を聞いていないのに、僕の頭はこの人がなんて言おうとしてるのか、もうわかっているみたいだった。
「ですから、私がこの手で排除したのですよ。あの男が大魔王を倒してしまえば、私の妻となる貴方が、『人類を救った勇者』という究極の肩書きを手に入れることができなくなってしまいます……だから、私が勇者ディレイを消し去ったのです。私だけが持つ、この呪いの力によって――!」
瞬間。
玉座に座ったままのヴェルテウスさんが、ゆっくりと片手を上げる。
それと同時、立ち尽くす僕の周囲から一斉にどす黒い影が伸びた。
「ふふ……ここまで言葉を尽くしてもご理解いただけなかったことは誠に残念です、エルルーナ姫。ですがご安心を……たとえ貴方が理解できずとも、私の力で貴方もすぐに私を愛するようになる。先ほど貴方を襲った、愚かな騎士どもと同じように――!」
「っ……!」
避けられない。
反応が遅れた。
回避のための一歩目が踏み出せなかった。
それくらいショックだった。
僕の。
僕のせいだったなんて。
ディレイさんが呪われたのは。
ディレイさんがあんなにつらい目に遭っていたのは、僕が――っ!
「――いーや、違うね」
チリン。
鈴の音。
「エルルはなにも悪くない……悪いのは全部、このクソ野郎だ」
軽やかな声が僕を包んで。
透明な斬撃が僕に迫る黒い影を一瞬で吹き飛ばす。
「あ、ああ……」
見えなくてもわかる。
見えなくても、僕にははっきりとわかった。
「待たせてごめん……でもこっから先は、ずっと一緒だから」
「ディレイさん――っ!」
大好きな人が。
誰よりも大好きな人が、僕のところに来てくれたんだって。
見えなくても、わかったんだ――。