狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい

第三十四話 盲目の罰


「大丈夫? 怪我はない?」

「ディレイ、さん……っ」

「ほう……」

 かき消された黒い影の向こう。
 砕けた黒い粒子が不自然に歪んで、そこから大好きな人の声がした。

「間に合ってよかった。ごめんね……また、たくさん心配させたよね」

「いいんです……ディレイさんは、ちゃんと僕のところに戻ってきてくれたから……っ」

 ディレイさんの声は、ヴェルテウスさんから僕を庇うように聞こえてくる。
 
 頼もしかった。

 ヴェルテウスさんの黒い呪いが、まるでディレイさんに怯えるみたいにのたうつ。
 さっきまで、あんなに怖くて、つらくて、後悔でいっぱいになりそうだったのに。

 現れたディレイさんの声と熱だけで、僕の全てが支えられた気がした。

「誰かと思えば……こそこそと嗅ぎ回るドブネズミが。今さら現れて、まだ姫様を守る騎士を気取るつもりか?」

「……前にも言ったよな。俺には俺の、エルルを守る護衛騎士としての覚悟がある。けどあの時お前が言った『宰相としての覚悟』ってのは、エルルを泣かせて陛下を殺す……このクソみたいな計画のことだったのか?」

「我が呪いに抗うこともできず、惨めに逃げ出した臆病者がなにを言うか……私の覚悟とは、エルルーナ姫をこの地上の誰よりも美しく輝かせ、陛下を最後まで英雄として送り出す、この私にしかなし得ない『崇高なる行い』のことだ。貴様のような愚か者には、理解することすらできないだろうがな!」

 瞬間、さっきと同じどす黒い影が一斉にディレイさんめがけて伸びた。
 僕に襲いかかったときよりずっと多い。
 手加減もなにもない、純粋な殺意だけの攻撃だった。

 だけど――

「無駄だ」

 チリン――

 鈴の音が跳ねる。

 結果はさっきと同じ。
 踊るような鈴の音と同時にディレイさんの透明な斬撃の嵐が舞って、津波みたいな呪いの影は跡形もなく切り刻まれる。

「俺にはもう、お前にかけられた『虚無の呪い』が先にかかってる。一人にかけられる呪いは一つまで……呪いってのは、そういうルールなんだろ?」

「ほう……よく調べたものだ。どうやら、よほど私のかけた呪いを解きたかったと見える」

「そりゃな」

 僕の知らない呪いのルール。
 そのおかげで、ディレイさんはヴェルテウスさんの力に対抗できるみたいだった。
 
「けどもういいよ、俺には超かわいいエルルからの愛があるから。だよね、エルル?」

「え……? ええっ!? も、もしかしてここで言うんですか……っ!? えーっと……そのぉ……は、はい……僕も、ディレイさんのこと……あ、愛してます……はぅぅ……」

「うん……俺もエルルをむちゃくちゃ愛してる。だからお前には感謝したいくらいだよ、宰相様。お前が俺を呪ってくれたおかげで、俺はここでエルルに出会えた。これも、賢い宰相様の計画どおりって感じ?」

 チリンチリン。
 
 まるでからかうみたいに、ディレイさんの鈴が鳴った。

 でも僕の方は初めて人前であんなことを言ってしまって。
 こんなときなのに、きっと今の僕は恥ずかしすぎて耳まで真っ赤になってると思う……。 

「お、のれぇぇぇぇ……ッ! よくも……よくもこの私の前でくだらぬ茶番を……ッ!!」

「ってわけだから、あいつの呪いはとっくに呪いまみれの俺が引き受ける。エルル、まだやれそう?」

「……はいっ!」

 差し出された見えない手。

 鈴の音と気配だけで位置を感じ取った僕は、まるで見えているみたいに自然にディレイさんの手を取って立ち上がる。

 前はそんなことをしたら僕の手が消えていたのに、今は握られたディレイさんの大きな手が、僕の目にもはっきりとわかるくらい浮かび上がった。 

「お父様のこと、僕のこと……そしてディレイさんのこと。貴方がこれまでやってきたことを……やっぱり僕は、許せそうにありません!」

「どうぞ、ご自由になさるがよろしい。先ほどもお話ししたとおり、全てが終われば貴方も私を愛するようになる……私の計画は、いまだ一つの綻びも存在してはいないのです」

「貴方のことは許せない……けどそれでも、僕は貴方を倒すためではなく、止めるために戦います! それがこれまで、貴方がこの国のみんなにしてくれたことへの……僕の正直な気持ちだから!!」

 飛び込む。
 
 ディレイさんと一緒に。
 合図なんてしていないのに、僕たちは完全に同じタイミングで玉座目がけて加速した。

 僕たちの踏み込みに、ヴェルテウスさんは黒い影の壁を作り出して防御。
 けどその壁は前に出たディレイさんが両断。
 砕かれた影を抜けて、入れ違いに速度を上げた僕が突撃。斬る――っ!

『――そこまでだ』

「っ!?」

 けど僕の攻撃は、ヴェルテウスさんに届く寸前で弾かれた。

 弾いたのは死角からの刃。
 まるでヘビのように蛇行した不気味なサーベルが、横合いから僕の聖剣リーナストーンの斬撃を軽々と逸らしたんだ。

「こいつは……!?」

「あ、貴方は……!?」

『久しいな、勇者エルルーナ……』

 現れたのは、数カ月前に僕が町外れの廃墟で戦った黒いローブの剣士。

 僕を一対一で追い詰めて、けど最後にはディレイさんに倒された、あの『黒い影』だった。

「どうして貴方が……!? 貴方はあのとき、ディレイさんに斬られたはずじゃ……」

「しかもあいつを守ったってことは……つまりあのゴーレム事件も、アンタらの仕業だったってわけかよ」

「今頃気づくとは、なんとも間抜けな密偵もいたものだ。もとより、あれは邪魔なお前を消し去るために企てたものだからな」

 手のひらの上。
 僕たちは本当に、なにもかもこの人の手のひらの上だった。

 それくらい、僕はヴェルテウスさんを信じていた。

 本当のこの人を見ようともしないで。この国の全てを任せるような人のことを、もっと深く理解しようともしないで……!

 さっき僕がヴェルテウスさんに言われた、目に見えるものばかりの褒め言葉。
 それと同じことを、僕はずっとヴェルテウスさんにしていたんだ。

「さあ、続けましょうか。無論、かつて姫様を追い込んだこの者の剣を越え、私の座る玉座まで辿り着ければの話ですが」

 この人がこうなってしまったのは……この人をここまでさせてしまったのには、きっと僕にも責任がある。だから――!

「だからって、やることは変わりません! 僕は約束したんです……絶対に、貴方を止めてみせるって! ヴェルテウスさんの手を、これ以上汚させたりしないって!!」

 そうだ。
 僕は約束した。

 今日までずっとヴェルテウスさんの思惑の中にいた僕たちに、そのヴェルテウスさんを裏切ってまで手がかりをくれた、サレンさんと約束したんだ。

『……左様でございますか』

「……え?」

 瞬間。
 声が変わった。

 黒いローブと白い仮面の下でくぐもっていた、黒い剣士の声が変わった。
 透き通った氷や精巧なガラス細工みたいな……綺麗で、聞き覚えのある声に。

「サレン、さん……?」

「――残念ですが、その約束が果たされることはありません。ヴェルテウス様の御身は、この私が命に代えてもお守りするからです。どうか、お覚悟を……エルルーナ様」

 外された白い仮面。
 
 その下から現れたのは、艶のある長いまつげに切れ長の瞳。
 いつもと変わらない無表情な眼差しに、どんな刃よりも鋭い殺意を宿して僕を射抜く、サレンさんだった――。
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