狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい

第三十五話 サレン


「そんな……っ!?」

「サレンさんだって――!?」

「全ては我が主のため……お覚悟を、エルルーナ様」

 まるで、雷に打たれたみたいだった。
 それくらいの衝撃が、僕の心と体を貫いていた。

 あの廃墟で僕の心を抉って、散々に追い立てたあの黒い影の剣士。
 その正体が、これまでずっと僕たちに良くしてくれたサレンさんだったなんて――

「忘れるなよサレン。エルルーナは我が妻となる女性だ、傷はつけてもよいが殺すことは許さん」

「……心得ております」

 黒いローブを影みたいに伸ばして、サレンさんが一瞬で僕に肉薄する。
 その攻撃を聖剣で受けて、ギリギリで後方に跳躍。
 一度は間合いに捉えたヴェルテウスさんから、僕は後退するしかなかった。

「エルルッ!」

「さあ……これで一対一だ、呪われた護衛騎士よ。貴様は私の呪いなど通じないと思っているようだが……ふふ、果たしてどうかな?」

「上等だ……! 俺とエルルを甘く見たこと、牢獄で後悔させてやっからな!」

 遠ざかる視界の端で、ヴェルテウスさんが玉座から立ち上がり、ディレイさんがいるはずの位置に黒い呪いの力を放つのが見えた。

 けど僕はそれどころじゃなくて、次々と繰り出されるサレンさんの斬撃を受けきるので精一杯だった。

「どうして!? なんでですかサレンさんっ!? 僕は貴方との約束を果たしたくて――!」

「だから私が貴方にあのリストを渡したことを、ヴェルテウス様にお伝えしなかったのですね。私を味方だと……同じ想いを持つ同志だと、そう思ったのですね」

「だってそうでしょう!? サレンさんは、ヴェルテウスさんのために僕を助けてくれたって――!」

「申し訳ありません、エルルーナ様。あの時……私は貴方に嘘をつきました」

「嘘……!?」

 瞬間、周囲の大気が一斉に砕けた。

 一秒の間に百、二百、三百の斬撃が僕めがけて舞い踊り、僕はその全てを必死に目で追って叩き落とした。

 強い――っ!

 あの廃墟のときでもそう思ったのに、今のサレンさんは桁違いに強く、速かった。

「でもっ!」

 嵐みたいな斬撃を受けきれなくなった僕は逃げるように跳躍、謁見の間の天井に逆さまに着地すると、天井を踏み砕きながら地上のサレンさん目がけて突撃を仕掛ける。

「……私は、貴方が憎いのです」

「っ――!?」 

 けど僕の攻撃は、両手のサーベルを交差したサレンさんに受けきられた。
 激突の衝撃で広間全体に突風が炸裂して、サレンさんの足元に幾筋もの亀裂がはしる。

「私は、貴方が憎かったのです……ヴェルテウス様から求められ、必要とされる貴方が羨ましかったのです」

「僕を……!?」

「私は、ヴェルテウス様に私を見てほしかった……たとえ甘い恋を囁きあう関係にはなれなくても、あの方に必要とされたかったのです。そんな私に、ヴェルテウス様が私以外の女性と結ばれるなんて……認められるとお思いですか?」

 サレンさんの声は、まるで泣いているみたいだった。

 ううん……きっと泣いているんだ。

 涙もなしに、悲鳴も上げず、少しも表情に出さないで。

 サレンさんは、泣きながら僕に刃の切っ先を向けていた。

「だから私はヴェルテウス様を裏切り、証拠となるリストを貴方に渡しました。そうすれば、真実を知った貴方はヴェルテウス様の敵となる……ヴェルテウス様の敵であるなら、私はこうして思う存分貴方に刃を向けられるからです」

「あぐっ――!?」

 曲がりくねり、距離も間合いも掴めない。
 まるで踊るようなサレンさんの剣技に、僕の肩と手の甲の鎧が同時に弾き飛ばされる。

「私は貴方とは違う……自身の欲のためなら、命すら捧げた主をも裏切る卑しい女なのです。私には貴方のような輝きも、素直さも、純粋さもない……誰からも慕われる優しさもなく、一人闇に墜ちていく、ヴェルテウス様の心の拠り所になることもできませんでした……」

「そんなことない……! そんなこと――!!」

「けれどこんな私だからこそ、私は貴方を殺せる。私はここで貴方を殺し、ヴェルテウス様の手で殺される。それが、この私が望む最後の願いです――!」

 違う。
 そんなの、絶対に間違ってる。

 サレンさんの猛攻を紙一重で凌ぎながら、血の滲む手で必死に聖剣を握り締める。

 だって、僕はもうサレンさんに救われたから。
 きっと、ディレイさんだってそう思ってるから。

 あのダンスのレッスンで、僕とディレイさんは最後まで本当に楽しい時間を過ごすことができた。
 人前で踊ることに怯えていたディレイさんは、サレンさんの計らいで踊ることができた。

 もしあの計らいが、僕とヴェルテウスさんを結ばせないための行動だったのだとしても。
 僕たちにとって、サレンさんが大切な恩人であることに代わりはない。

 とってもかっこよくて、僕もこんな人になりたいって思った。
 あのとき僕が抱いた憧れや感謝は、この先もずっと変わらない――!!

「僕は、なにも見てなかったんです……サレンさんのことも、ヴェルテウスさんのことも。こんなにずっと一緒だったのに、最初から見ようともしてなかった――!」

「くっ……!」

 踏み込む。

 サレンさんの変則的な斬撃の嵐を正面から、僕が持つ全ての力で押し返す。

 サレンさんの剣技は、僕よりずっと上だ。
 だけどその軌道はどれも死角からの奇襲で、一撃一撃は軽くて脆い。

 廃墟の戦いではその勢いに誤魔化されたけど……やっと慣れてきた。
 
 落ち着いて、目を開けばわかる。
 今の僕なら、見える――!
 
「けど、だからっ! これからはもっと、みんなでうまくやれるかもしれないでしょう……!? 僕はまだ、サレンさんのことをなにも知らないんです! だから――!」

「エルルーナ、様……貴方は、このような場でまだ……」

 もっと、お話しすればよかった……っ。
 
 こんなときだっていうのに、心に浮かぶのはどうしてもっとサレンさんやヴェルテウスさんと関わろうとしなかったんだろうっていう、後悔ばかり。

 この戦いが終わって、そうしたらもう二度とわかりあうこともなくて。
 どっちが勝ってもそのままお別れになるなんて、そんなのひどいって……そう思った。

「僕のことを嫌いでもいい、憎んでもいい……! それでも僕は、貴方と約束したんです! ヴェルテウスさんのことも、サレンさんのことも! 絶対に、僕がなんとかするって――!!」

 一閃。

 踏み込み続けた僕の剣が、ついにサレンさんを間合いに捉える。

 最下段から全力で斬り上げた聖剣がサレンさんのサーベルを同時に砕いて、その斬撃はそのまま謁見の間の天井に鋭い裂傷を刻み込んだ――。
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