狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十六話 不可視の愛
「貴方は死なせない! だって……サレンさんが助けたいって言った、ヴェルテウスさんはまだここにいるじゃないですか!!」
「エルルーナ……様……っ」
僕の一撃で砕かれたサレンさんのサーベルが宙を舞う。
突風みたいな衝撃が辺りを揺らして、折れた刃が床に落ちる甲高い音が響いた。
「お願いしますサレンさん……! 僕に力を貸してください……! 僕にはヴェルテウスさんのことはわからない……この世界で、ヴェルテウスさんのことを誰よりも見ていたのは、僕じゃなくて貴方なんですよっ!!」
「エルルーナ様……っ。ですが、私は……。 ――っ!?」
「えっ……?」
でもその瞬間、サレンさんは『なにか』に気づいたみたいに僕を突き飛ばした。
すると伸ばされたサレンさんの白い手の影から、サレンさんの体を貫き、そのまま僕の肩口も切り裂くドス黒い影が飛び出してきたんだ。
「あぐ――っ!? サレ、ン……さんっ……!?」
「エルル……ナ、さま……もうし、わけ……――」
「ふん……最後まで役に立たぬ女だ。姫様の足止めもできず、無様に敗れ去るとは」
声が響いた。
痛みと衝撃で、目に見える世界がひどくゆっくりと流れていくような気がした。
血を流して倒れるサレンさん。
サレンさんを助け起こしたいのに、動かない僕の体。
倒れたサレンさんの向こうで笑うヴェルテウスさん。
そして……ヴェルテウスさんのすぐ横で、バチバチと弾ける黒い渦が見えた。
「ヴェル……テウス……さん……っ!」
「ご安心を、エルルーナ姫。今の力は一時的に貴方の動きを封じるための術。この無様なドブネズミを始末するまで、姫様に邪魔をされると面倒でしたのでね」
「まさか……ディレイさん!?」
よく見れば、黒い呪いの渦からはディレイさんの苦しそうな声が聞こえてくる。
どうして……!?
さっきディレイさんは、自分にはもう呪いがかかってるから、ヴェルテウスさんの力は効かないって言ってたのに。
「たしかに……すでに虚無の呪いを受けたこの男に、別の呪いをかけることはできません。ですから強化したのですよ……この男にかかる虚無の呪いに、私の持つ全ての力を注ぎ込んで強化したのです」
「そんな……!? そんなことをしたら、ディレイさんはどうなるんですっ!?」
黒い力の渦の中で、ディレイさんは動くこともできないみたいだった。
嵐みたいな風が謁見の間に吹き荒れて、その向こうで小さな鈴の音がかすかに聞こえてくる。
「フフ……気になりますか? 愛する騎士が、我が呪いの力をその身に受けてどうなるのか。虚無の呪いの本質とは、即ち存在の希薄化です。すでにその身が見えないほどに希薄化していたこの男に、さらなる呪いの力を上乗せすれば……この男は今度こそ、地上から『完全に消滅』することになるでしょう」
「っ……!?」
完全に消滅……?
このままじゃ……ディレイさんが、死ぬってこと?
「っ……! ふざ、けるなぁあああああ――っ!! そんなこと、絶対に許さない! ディレイさんを消すなんて、絶対にさせるもんかっ!!」
「存じておりますよ、エルルーナ姫。だからこそ、まずはその呪いで動けぬように束縛させていただきました。『役立たずのサレン』も、その点においては多少なりとも有用ではありましたか……」
僕を庇って、血を流して倒れるサレンさんに、ヴェルテウスさんはどこまでも冷たい視線を向けて鼻を鳴らした。
「どうして……? どうして、そんなことができるんですか……!? サレンさんは、ヴェルテウスさんのことが大好きで……! ずっと貴方の役に立ちたいって、心の底から願い続けていたのに、どうして――!?」
「どうして?」
床に倒れて、怪我をした肩の傷を押さえることもできないまま。
離れた場所から僕を見下ろすヴェルテウスさんに、悲鳴みたいな声でそう叫んだ。
「やれやれ……私に言わせれば、まったくもってくだらないことです」
「くだら、ない……?」
「ええ、そうです。愛に友情、信頼に忠誠……どれもこれもくだらない、愚かな概念だと言ったのです」
ヴェルテウスさんのトーンが変わった。
もしかしたら、これがこの人の本心なのかもしれない。
そう思えるような、強い感情の込められた声だった。
「愛が見えますか? 友情が見えますか? 信頼は? 忠誠は? どれも触ることもできず、目で見ることもできない……だからこそ人は巨大な城を建てて自らの権力を誇示し、財を蓄え、大地を埋め尽くす軍を組織する。好意を示すために美しい宝石を贈り、男も女もみな見目麗しい存在へと群がるのです。違いますか、エルルーナ姫……?」
「ヴェルテウス、さん……あなたは……っ」
悲しい声だった。
サレンさんの声とは違う。
どこか、世界はそうなんだって……必死に自分に言い聞かせているような。
そういう声だった。
「陛下に救われるより前から、私は明日をも知れない地獄をこの『呪いの才』だけを頼りに生きてきました。幼い私が過ごした世界は目に見えるものが全て……目に見えるものだけが真実。そして私をその地獄から救い出してくれた陛下もまた、目に見える強大な力と権力を持つ存在だったのです! だから、私は――!!」
ああ……やっとわかった。
やっと、少しだけこの人の心が見えた気がした。
こんなにひどいことをした人なのに。
どうしてこの人がサレンさんを助けて。
どうしてサレンさんが、ずっとこの人のそばにいたのか。
せっかく、少しだけわかったのに……っ。
「違う……」
「……?」
「だって、僕はそれでも……っ! ディレイさんのことが好きなんです……っ。まだ一度だって、お顔も体も見たことがないのに……それでも僕は、ディレイさんのことが大好きなんです――っ!!」
動けない僕には、もう叫ぶことしかできなかった。
涙も溢れて、どうしていいかわからなくて。
ひどく傷ついた、『ここにいるみんな』を。
どうか、誰か助けてって……そう願うことしかできなかった。
「ああ……わかったよ、エルル」
チリン。
その時。
風の向こうで、鈴の音が鳴った気がした。
僕の声に応えて、必死に地面を踏みしめる重い音が響いた気がした。
「ディレイ、さん……っ?」
「エルルにそこまで言われたら、ぶっ倒れてなんていられねーって……! 大丈夫……あとは、俺に任せろ!」
黒い渦の向こう。
見えないはずのディレイさんの姿が。
僕をまっすぐに見つめる大好きな人の姿が、見えた気がした――。