狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい

第三十七話 勇者


「ふん……間もなくこの世から消え去る死に損ないに、今さらなにができる?」

「『なんだってできる』さ……エルルのためなら、俺はなんだってできるんだ……それを今から、お前にも教えてやるよ!!」

 涙で滲んだ視界の向こう。
 重い足音が弾けて、ディレイさんの声が奔る。

「無駄なことを! たとえ見えずとも、私には貴様の居場所が手に取るようにわかる。我が呪いに墜ちた時点で、貴様に勝ち目などないのだ!」

 瞬間、ヴェルテウスさんの周囲にいくつもの黒い影が立ち上がった。

 すると影はあっという間に黒い人型――前にあの廃墟でディレイさんと戦った、黒騎士の姿になって剣を抜いた。

「これが我が力だ! この影は標的と同等の力と技を兼ね備えた、いわば貴様の鏡のような存在。それにこうも囲まれては、もはや貴様に勝ち目はあるまい!」

 そう言って、ヴェルテウスさんは見えないディレイさんに向かって勝ち誇る。

 けどわかる……僕には、ヴェルテウスさんと対峙するディレイさんの静かな呼吸の音がはっきりと聞こえていた。

「あのさ……さっき宰相様がエルルに言ったこと。実は俺、ちょっと共感しちゃってさ……」

「共感だと……?」

 一斉に襲いかかる黒騎士の刃を、ディレイさんの透明な刃が完全にさばききる。
 そうしながら一歩一歩、ディレイさんはまるで世間話でもするように、ヴェルテウスさんの方に近付いていった。

「愛は見えないし、友情も、信頼も見えない……みんな目に見えるものばっかり見て、目に見えないものに意味なんてない……それ、俺にもよくわかるよ。今はこんな体だから、なおさらさ」

「ふ、ふふ……まさか、この期に及んで私に賛同するとは。命乞いでもするつもりか?」

「俺もずっとそう思ってたんだよ……王様で、英雄で、誰よりも強い陛下に拾われて、もっとそう思うようになった。俺も英雄になりたい……いつか陛下みたいに立派で、偉くて、誰からも認められる人間になりたいって」

 次々と襲いかかる黒騎士の影が、少しずつその数を減らしていく。
 ヴェルテウスさんはその光景に目を見開いて、思わず後ずさった。

「だからあと少しで大魔王を倒せるってなったあの時、俺の頭はこれから先のことでいっぱいだった……大魔王を倒せば、俺は本当の勇者になれる。大金持ちになって、でかい家に住んで、好きな物を食べて、綺麗な女の人とも知り合いになってー……とか。ぶっちゃけ、マジでそんなことばっか考えててさ」

 あまりにも素直すぎる願い。
 だけどすごく身近で、ありのままを乗せた言葉だった。

 正直、綺麗な女の人と知り合いになりたかったっていう話は『は?』ってなったけど……でも僕は、ディレイさんのそんなところも大好きだって、やっぱりそう思ってしまった。

「だからさ、宰相様の呪いはマジで効いたよ。あと少しで富も名誉も肩書きも……ずっとほしかったものが全部手に入るはずだったのに。俺が呪われた途端、俺を勇者だって言ってたみんなもほとんど離れていった……頭がどうにかなりそうで、いっそ殺してくれって思ってたよ」

「チィ……! それがどうしたというのだ!? どう足掻こうが、貴様は我が呪いの力でこの世界から完全に消え去るのだ!! 死にたいというのなら、私がここで楽にしてやろう!!」

 ついに全ての黒騎士がディレイさんの周囲で風になって消える。
 後ずさるヴェルテウスさんが、今度は直接その手からドス黒い呪いの力をディレイさんに向けて叩きつけた。

「ふ、フハハハハハ! 終わりだ、ディレイ・ハーレン! だが安心するがいい、エルルーナ姫はお前ではなくこの私が――」

「けど俺はもうわかった。エルルが俺に教えてくれたんだ……! みんな、別に目に見えるものだけを信じて生きてるわけじゃない。目に見えるものも、見えないものもどっちも大事で……どっちも大切にしながら必死に生きてるだけなんだ! そんなこと……アンタだって本当はわかってるんだろ!?」 

「なっ……!?」

 ドス黒い力の渦が、ディレイさんを飲み込む。

 その光景を見ていた僕の目に、黒い光の中に浮かび上がるディレイさんの大きな背中が映った気がした。

「ば、馬鹿な……!? 我が呪いは通じているはずだ……! 限界まで希薄化した貴様の体では、もはや剣を握ることも、歩くこともできないはず……! なのになぜ……なぜ貴様はまだ存在していられるッ!?」

「言っただろ……エルルのためなら、俺はなんだってできるんだよ! だって、エルルは――」

「だめ……待って、ディレイさん……っ」

 黒い光の中を進むディレイさんの背中を。
 僕はただ、見ていることしかできなかった。

 だんだんとその影が透明になって。
 消えていくのが、はっきりとわかった。 

「エルルはこんな俺を……! こんな見えもしない俺の手を、握ってくれたんだ――!!」

「ディレイさんっ――!!」

 光が砕けた。

 黒い闇を、透明な刃が両断するのが見えて。
 その刃はヴェルテウスさんの体を斜めに切り裂いていた。

「が、はッ……!?」

 白い執務服を血に染めて、ヴェルテウスさんがばったりと倒れる。

 重い音が響いて……少しして。

 チリン――。

 虚空から現れた、小さな鈴が床に落ちる。

 主をなくした鈴の音が、静まりかえった謁見の間に響いた――。
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