狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十八話 見えなくたって
「ディレイ……さん……?」
静まりかえった謁見の間に、震える僕の声が響いた。
けどいくら待っても返事はなくて……ヴェルテウスさんの呪いから自由になった僕は、呆然と、彷徨うようにしてふらふらと立ち上がった。
「く……ククッ……クハハハッ……!」
そんな僕の耳に、ディレイさんに斬られて深手を負った、ヴェルテウスさんの笑い声が届く。
「ざ、残念……でしたな……! 姫様が探し求めるあの男は、我が呪いの力によってこの世界から消え去った……! その肉体だけでなく、命も魂も、なにもかも完全に消滅したのです……! ふ、ふははは……っ!」
「ヴェルテウスさん……」
なぜだか怒るとか、そういう気持ちにはならなかった。
自分でも不思議な気持ちだった。
ディレイさんが消えて、本当なら今すぐに泣き叫んでもおかしくないはずなのに。
僕の心は……まるで今このときも、大好きなディレイさんと一緒にいるみたいだった。
ディレイさんとこれまでに過ごしてきた数カ月、何度も感じた温かさを……はっきりと僕に伝えてくれていたから。
「そっか……そうなんですね、ディレイさん……」
「……?」
気づいたら、僕は手を伸ばしていた。
なにもない虚空に。
なにも見えない先に。
その体を包んでいた鎧も。
僕がプレゼントした鈴もない。
なにもない空に。
まっすぐに。
抱きしめるようにして。
精一杯に、僕は両手を伸ばした。
「な、なにをして……」
「見えなくたってわかります……ディレイさんは、今もちゃんとここにいる。こんなに大好きな人のことをわからないなんて、ないですよ……ね?」
瞬間、僕の手に温かな熱が触れた。
僕の手を引き寄せるように、誰よりも求めるようにして握り返す熱があった。
ほら、やっぱり思ったとおりだった。
僕はやっと……大好きな人を、見つけたんだ。
「もう二度と、ディレイさんを一人になんてしない……! 見えなくても、離れていても、僕は何度だって貴方をつかまえて、抱きしめるって……もう、決めたんです」
僕の腕の中に光と熱が集まる。
散らばっていた想いが一つになって、消えかけていた命をつなぎ止める。
腕の中で溢れた光はどんどんその勢いを増して、やがて僕の腕だけじゃなくて、体中でこれまで何度も抱きしめたディレイさんの感触をはっきりと取り戻した。
それだけじゃなくて――
「エル、ル……? あれ……? 俺……」
「はい……っ。おかえりなさい……ディレイさん――っ!」
涙でぐしゃぐしゃになった僕の目じゃ、ちゃんと見えなかったけど。
それでも目の前にいるディレイさんが、僕が初めてプレゼントした『あの服』を着てくれてるのはわかった。
せっかく『ディレイさんが見えるようになった』のに、僕はそんなことどうでもよくて……泣きながら、大好きな人の胸に飛び込んでいた。
「うぅ、うわぁああああああん――っ! よかった……よかったよぉっ……!」
「マジか……ほんとにごめん……いっつも心配させてばっかりで……」
「ほんっっっっっとうにそうですよぉっ……! 二人とも絶対に無理しないって、ディレイさんが言ったくせにっ……! いっつも……! いっつも僕を置いていこうとしてっ……!」
「あははー……なんだかんだ俺も、かなり勇者メンタルだったっぽい……」
「もう『勇者禁止』ですから……! だからどこにも行かないで……ずっと一緒にいてくださいっ……!」
もう絶対に離さない。
離すつもりもない。
やっと見つけた、僕の一番大切な人。
しがみついて、縋りついて。
全力で抱きしめて、涙だっていっぱい押しつけてやった。
この先、もしまたディレイさんが見えなくなっても。
もし僕の目の前から、ディレイさんが消えてしまっても。
もう絶対に見失ったりしない。
十回でも、百回でも。
何度だって見つけて、こうやって抱きしめてやるんだ。
「ば、馬鹿な……!? こんなことがあるはずがない……! 我が呪いが……我が全ての力を込めた虚無の呪いが、打ち砕かれるなどと……! なにかの間違いだ……!!」
でもその時。
完全に呪いが解けたディレイさんを見たヴェルテウスさんが、傷口を押さえるのも忘れて、床を這って後ずさりつつ叫んだ。
「宰相様……もうここまでにしないか? さっきも言ったとおり、俺はもうアンタを恨んじゃいない。エルルだって――」
「だ、黙れ……! 認めるものか……! 認められるものか……! 愛など、情など……! そのような目にも見えぬ不確かなものが、我が力を上回るなどと……認められるわけがないッッ!」
そう言いながら、ヴェルテウスさんは必死に僕たちから離れようともがく。
けど同時に、そんなヴェルテウスさんの周囲にぽつ、ぽつと……さっきまで何度も見た、呪いの力とよく似た黒い光が集まりだしたんだ。
「な、なんだ?」
「ひっ……!? ひぃっ! や、やめろ……! 私に『戻ってくる』んじゃない……! 大人しく私に従え、主である私に……ぎ、ギャアアアアアアアアアアアアッ!」
「ヴェルテウスさんっ……!?」
集まった黒い光を見たヴェルテウスさんは突然ひどく怯えはじめた。
でも集まり始めた光は怯えるヴェルテウスさんに容赦なく襲いかかって、ドス黒い影に飲み込んだあと……なにごともなかったように、ヴェルテウスさんだけを残して消えた。
そして――
「あ、ああ……っ? あああああ……っ!?」
「ヴェルテウス、さん……?」
床に倒れたままのヴェルテウスさんが、それまでとは違う悲鳴を上げた。
必死に辺りに手を伸ばして、なにかを探すように空を掴もうとする。
「み、見えない……! なにも、見えない……! 真っ暗だ……私は、一体どうなってしまったのだ……!? サレン……! サレンはどこにいる……!? 早く、早く私を助けろサレン――!」
「まさか、宰相様……目が?」
「『呪い返し』……そう、聞いています」
突然のヴェルテウスさんの変わりように困惑する僕たちに、静かな声が届く。
見ればそこには、ヴェルテウスさんにやられた傷口を押さえたサレンさんが立っていた。
「呪い返し……?」
「強力な呪いであればあるほど、それを破られた際に術者が受ける反動も大きくなる……ディレイ様にかけられた虚無の呪いがエルル様の愛によって破られ……その反動が、我が主から光を奪ったのでしょう……」
「そんな……」
目が見えなくなったヴェルテウスさんの姿に、サレンさんはつらそうに目を閉じる。
でもすぐになにかを覚悟したように目を開くと、大怪我なんてしてないみたいな動きで、僕たち二人の前でゆっくりと頭を下げた。
「エルルーナ様、ディレイ様……一つ、お願いがございます」