狙われた姫勇者は、呪われた透明騎士をみつけたい
第三十九話 いつかまた
「大魔王からの暗殺予告。あれを出したのは……私だ」
「え?」
「は?」
「ええええええっ!?」
ヴェルテウスさんの反乱未遂から数日後。
僕とディレイさん、それとノルンは、無事に意識を取り戻したお父様に、とんでもない事実を聞かされていた。
「ちょ……! ど、どういうことだよ親父!?」
「じゃあ大魔王は、最初から僕のことなんて狙ってなかったんですか!?」
「私はこの城内に、裏切りの芽が蠢いていることには気づいていた。だがそれが誰によるものなのかを暴くには、あまりにも衰えすぎていた。そこで気がかりだったのが、エルルーナよ……お前の身の安全だった」
城内の不穏な気配に気づいたお父様は、真っ先に僕を守ることを考えた。
だからお父様にとって一番信頼できて実力もあるディレイさんを、僕の護衛騎士にするために大魔王の暗殺予告なんていう嘘をついたらしい。
「俺は、親父の頼みなら暗殺予告なんてなくても……」
「『今のお前』ならばそうだろう……だが傷つき、心を閉ざしてしまったあの時のお前を連れ出すためには、それなりの理由が必要だった。それにエルルーナならば、傷ついたお前の心を癒やすことができるやもと……そう期待してもいた」
「僕が……」
「あははっ! さっすがブレイアスだねー! ちゃんお狙いどおりになったじゃーん!」
結局、お父様が危惧していた陰謀の主はヴェルテウスさんだった。
そのヴェルテウスさんにとって、お父様が自分でお城の中に呼び込んだディレイさんは完全に計画外で、本当に邪魔な存在だったんだと思う。
「だが全てが狙いどおりではないぞ。まさかエルルーナとディレイが互いに想い合い、愛し合うようになるとは私も予想していなかった……ディレイよ、わかっているとは思うが、この責任を取る覚悟はあるのであろうな?」
毒から回復したお父様の体はまだ弱ってる。
けどそれでも、僕とディレイさんをベッドから見上げるお父様の横顔は、まるで僕たちをからかうような……そんな温かさが宿っていた。
「……あるさ。俺はもう、エルルから離れないって決めたんだ。それにさ、もしここで俺がなんて言っても――」
「ディレイさんのことは、僕がぜっっっったいに逃がしませんからっ! 安心してくださいね、お父様っ!」
お父様の言葉に真正面から答えたあと、ちらりとこっちを見たディレイさんの腕に、僕は思いっきり抱きついてやった。
「あー……ってわけで、とっくに俺に逃げ道とかないんだわ。うん」
「ふ、ふふ……ふはははははっ! そうかそうか! それならなにもかも安心だ!」
「お父様……っ」
そんな僕たちを見て……お父様は、本当に嬉しそうに大声で笑った。
ずっと強ばっていた目元に皺を寄せて、肩を震わせて、すごく嬉しそうに――
「ならばエルルーナ、そしてディレイよ……この国の未来をお前たち二人に託そう。この地で結ばれたお前たち二人の絆を、父として心から祝福させてくれ」
「親父……」
「はいっ……! これからは僕たち二人で……ううん、この国のみんなと一緒に、力を合わせて生きていきますっ!」
「もちろん、わたしも協力するからねー! それにブレイアスも、こうなったら孫の顔を見るまで死ねないねー! あははっ!」
そのお父様の笑顔は、僕の夢だった。
子供の頃からずっと見たかった。
取り戻したかった……僕の願いの結実。
必死に走り続けて、焦り続けていた僕の心。
そんな僕の心がようやく足を止めて、差し出されたディレイさんや、みんなの手を取れた瞬間だったのかもしれない。
――そして。
いつかは、『あの二人』とだって――
――――――
――――
――
「――此度の反乱も、陛下への毒も、全ては主を止められなかった私の責任。ですからどうか……ヴェルテウス様の命だけは、助けていただきたいのです……」
「サレンさん……」
あの日。
謁見の間を舞台に僕とディレイさん、ヴェルテウスさんとサレンさんの決着が着いた日。
光を失い、錯乱するヴェルテウスさんの前でサレンさんは静かにそう言った。
「さ、サレン……? そこにいるのかサレンっ……!? た、頼む……早く私を助けてくれっ……! ここは、あまりにも暗すぎる……っ」
「ええ……サレンはここにいます。ヴェルテウス様……」
まるで子供みたいに震えるヴェルテウスさんを、サレンさんは優しく抱き留めた。
「もはや、ヴェルテウス様がこの国とエルルーナ様、ディレイ様に危害を加えることは二度とありません……ですからどうか、せめてヴェルテウス様の命だけはっ!」
「さっき、そいつはサレンさんも殺そうとしたはずだ。それでも、そいつを守りたいってのか?」
「ヴェルテウス様は、ずっと暗闇の中を彷徨っていらっしゃいました……表向きには愛や情を否定しながら、本当は誰よりも人の心に飢えていた。だからこそヴェルテウス様は、エルルーナ様に惹かれたのです……姫様を妬み、憎んでいた私にはそれがよくわかります……」
サレンさんは言いながら、自分だって怪我をしているのに、必死に僕たちに訴えていた。
その声は心の底からヴェルテウスさんを助けたくて、本当に自分の命なんてどうでもいい……そういう声だった。
「我が主の咎は、私が命をもって償います。もし足りないというのであれば、どんなものでも差し出します……! ですから、どうか――!」
「わかりました……ならお二人への処罰は、今ここで僕が決めます。それでいいですか?」
言って、僕はディレイさんのほうを見た。
そこで初めてちゃんと見ることができた素顔のディレイさんは、これから僕が言うことなんて全部お見通しみたいに頷いて……笑ってくれた。
「宰相ヴェルテウスと秘書官のサレン。貴方たち二人には、その身に負った傷の治療と疲弊した心の療養のために……『無期限の休暇』を申しつけます」
「……休暇?」
「そして、どれだけ時間がかかっても構いません……貴方たち二人の傷が癒えたそのときは、またここに戻ってきてください。そのときは今度こそ……もっともっと、いっぱいお話しましょう」
僕の言葉を聞いたサレンさんの表情が驚きに染まる。
ヴェルテウスさんは僕の声なんて聞いてなくて、ずっとサレンさんにしがみついたままだった。
「で、ですがエルルーナ様……! それでは、この騒乱の責任が……!」
「責任を取る必要があるのなら……『悪いのは僕』です。ヴェルテウスさんに国のことを全て任せて、僕はこれまでずっと甘えていました……その間、ヴェルテウスさんは立派に宰相としての役目を果たしてくれていたと……僕はそう思っています」
「エルルーナ様……貴方は……我が主を、そのようにっ……」
そのまま、サレンさんはヴェルテウスさんと抱き合うようにして涙を流した。
歯を食いしばって、必死に溢れる涙を抑えようとしながら。
肩を震わせて泣いていた。
「ヴェルテウスさんのこと……お願いしますね、サレンさん」
「ありがとう、ございます……エルルーナ様とのお約束は、この命に代えても……必ず……っ」
やがて、呪いが解けた近衛たちが戻ってくる気配がして。
サレンさんは零れる涙をそのままに、僕たちに深々と頭を下げて――ヴェルテウスさんと二人で支え合うようにして、広間から消えた。
いつか、戻ってきてほしい。
どんなに甘いって言われても。
今日はこのくらいしても許されるくらい、僕とディレイさんも頑張ったはず。
「……おつかれ。やっぱエルルって勇者だわ」
「そうですけど……さっき『勇者は禁止』しちゃったので。今からは、ただの僕として……『したいこと』をしますね」
「うん?」
一つ息をついて、やれやれってお顔のディレイさんを見つめて。
差し出されたディレイさんの手を、僕はそっと握り返した。
サレンさんが去って、二人きりになった謁見の間。
全てを終えた僕はもう透明じゃなくなった、とってもかっこいいディレイさんに身を寄せて。
その唇に、自分の唇をそっと重ねた――。