光のはじまり ― 王子が困るまで ―

第16話 仮面の下

大学病院に戻ってから、藤崎先生はまた「王子」と呼ばれるようになっていた。

外科病棟のナースステーションで、及川はそれを目の当たりにした。

それぞれの用事で、及川と中川が病棟に顔を出していた時だった。

カウンターの向こうで、若い看護師が相澤に報告している。

「相澤先生、すみません。先ほどから疼痛の訴えが少し強くなっていて」

「バイタルは?」

「血圧と脈は大きく変わりません。熱もありません。ただ、本人が少し不安そうで」

「分かりました。確認します」

ちょうどその時、藤崎先生がナースステーションに入ってきた。

「藤崎先生、少しよろしいですか」

「どうぞ」

相澤が患者の状態を手短に伝えると、藤崎先生はカルテに視線を落とした。

「鎮痛薬の最終投与は?」

「二時間前です」

「創部と腹部所見は?」

「これから確認します」

「分かりました。じゃあ、見に行こう」

それから、報告した看護師へ顔を向けた。

「早めに言ってもらえて助かりました。痛みが変化したタイミングが分かるのは大事なので」

看護師が、ほんの少し目を見開いた。

「はい」

返事の声が柔らかくなる。

「次に疼痛が強くなった時は、痛みの場所とタイミング、それから鎮痛薬を使った後の変化も一緒に教えてください」

「分かりました」

看護師が頷く。

その頬が、少しだけ赤い。

藤崎先生は相澤に視線を戻した。

「行こう」

「はい」

二人は病室へ向かっていった。

その背中を、ナースステーションの数人が自然に目で追っている。

及川は、横にいた中川と目が合った。

中川が無言で口だけ動かした。

――王子。

及川は思わず視線を逸らした。


分かる。

分かってしまう。

これは、王子と呼ばれる。


「……今の見た?」

中川が小声で言った。

「見た」

「早めに言ってもらえて助かりました、だって」

「言ってたな」

「報告したの相澤なのに、看護師さんまで持っていったぞ」

「持っていったって何だよ」

「空気だよ。空気」

中川は真顔だった。

「王子って、場の空気ごと持っていくんだな」

及川は何も言えなかった。
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