光のはじまり ― 王子が困るまで ―

第17話 知らない女性

第四部 仮面をずらす人


休日の駅ビルは、いつもより人が多かった。

理久は書店に併設されたカフェの窓際で、コーヒーを飲みながら本を読んでいた。


病院へ行く予定はない。

誰かと会う約束もない。

休日くらい、病院から離れた方がいい。


そう思って出てきたのに、読んでいる本は結局、医学書だった。

……まあ、いいか。

ページをめくろうとした時だった。

「すみません」

声をかけられて顔を上げると、若い女性が立っていた。

髪も服装も、よく整えられている。

「お一人ですか? もしよろしければ、相席してもいいですか?」

理久は一瞬だけ周囲を見た。

空いている席はある。

少なくとも、わざわざこの席を選ぶ必要はない。


……なるほど。


理久は本を閉じた。

正面から断る必要はない。

相手に恥をかかせる必要もない。

ただ、その先を渡さなければいい。

「僕はもう出ますので」

理久は微笑んだ。

「よろしければ、席をお使いください」

女性が少しだけ目を見開いた。

「え、でも」

「ちょうど出るところだったので」

嘘ではない。

今、そう決めただけだ。

理久はカップを持って立ち上がった。

「どうぞ」

軽く会釈して、店を出る。


結果的に、席を追い出されたような形になった。


……まあ、仕方ないか。


ああいう誘いは、どう返すかで面倒の量が変わる。

相手を傷つけず、期待も受け取らない。

感じよく終われば、それでいい。


理久は通路へ出ると、隣の書店に目を向けた。

もう一度、別のカフェを探す気にもならない。

本でも見るか。

そう思って、書店へ入った。

* * *

書店の中も、人は多かった。

理久は特に目的もなく、棚の間を歩く。

ふと医学書の棚が目に入った。


……いや、さっきまで読んでたし。


足を止めかけて、やめた。

その時だった。

数メートル先で、何かが崩れるような音がした。

理久は反射的に顔を上げた。

男性が床に倒れていた。

周囲から声が上がる。

「え、何?」

「倒れた?」

「誰か、店員さん呼んで!」

人が集まり始めている。

理久が近づこうとした時には、すでに一人の女性が男性のそばに膝をついていた。


ーー早い。


女性は倒れた男性の肩を軽く叩き、呼吸と顔色を確認している。

動きに迷いがない。

「聞こえますか。分かりますか」

男性のまぶたが、わずかに動いた。

女性はすぐに周囲へ声をかけた。

「救急車を呼んでください。119番です。男性が倒れています。意識はありますが、反応が鈍いです」

近くにいた人が、慌ててスマホを取り出す。

「AEDを持ってきてもらえますか。駅ビルならどこかにあります。店員さんを呼んでください」

書店のスタッフが走り出した。


……医療者かな。


理久はそう判断して、男性のそばへ近づいた。

その時だった。

「すみません」

女性が、倒れている男性から目を離さずに言った。

「そちら側、少し空けてもらえますか。救急隊が入れるように」

理久は一瞬、動きを止めた。


……俺に?


どうやら、動線を塞いでいたらしい。

当然、彼女は理久が医師だとは知らない。

ただ、そこに立っている人間に、必要な指示を出した。

「分かりました」

理久はすぐに周囲へ向いた。

「少し下がってください。通路を空けましょう」

人の流れが整理され、救急隊が入れるだけのスペースができた。

女性はそれを確認すると、すぐ患者へ視線を戻した。


……無駄がないな。

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