光のはじまり ― 王子が困るまで ―
第27話 恋愛観察論文
土曜の夜。
食事を終えて帰宅した理久は、ジャケットを脱ぎながら、店を選んだ時の自分を思い出していた。
王子らしい店を選べば、綾瀬美月はどう反応するのか。
医局で耳にした他愛ない会話をきっかけに、そんな仮説を立てた。彼女の希望とは正反対のレストランを予約したのも、少しばかり反応を見てみたかったからだ。
結果は、予想どおりだった。
送った店の情報に対する最初の返信は、
『普通のお店とは』
あの短い文章を見た時点で、抗議している顔が目に浮かんだ。
当日も、彼女は店の前で不満そうにしていた。こちらを見るなり、今日の食事はあくまでお礼だと念を押してきたのだから、相当警戒されていたのだろう。
理久はジャケットをハンガーに掛け、リビングへ向かった。
それでも、彼女は来てくれた。
嫌なら店を変えると伝えた時も、帰るとは言わなかった。
料理を口にした時には、思わずおいしいと呟いていた。
その直後、料理に対してです、とわざわざ訂正してきたところまで、よく覚えている。
……そこは別に、訂正しなくてもいいんだけどね。
理久は小さく笑った。
さて。
仮説の検証結果は、どうだっただろう。
◇
理久はデスクの椅子に腰を下ろした。
パソコンを開けば、途中まで読んでいる論文が表示される。確認したいデータも、返信すべきメールも残っていた。
けれど、今夜に限っては、別のことが気になっていた。
【仮説】
王子扱いをしない綾瀬美月でも、王子らしい演出をすれば、多少は態度が変わるのではないか。
【方法】
高級レストランを予約し、窓際の席を用意する。食事を楽しんでもらい、会計は先に済ませる。最後に、夜景の見えるバルコニーでコーヒーを飲む。
……ずいぶん、盛り込んだな。
理久は苦笑した。
女性と食事をする時、店や席に気を配ることは珍しくない。けれど、今回は自分でも少しやりすぎたと思う。
それだけ用意すれば、普通は喜んでくれるだろう。
少なくとも、今までなら。
ところが綾瀬美月は、店の雰囲気に感心するより先に、約束した条件が守られていないことを問題にした。
料理は褒める。
コーヒーも褒める。
しかし、その評価が藤崎理久本人に向けられたものだと解釈されそうになると、即座に否定する。
思い出すだけで、少しおかしかった。
【仮説は棄却】
王子らしい店を用意したところで、綾瀬美月が素直にこちらへ好意を示すわけではない。
むしろ、警戒心を強める。
……まあ、そうだろうね。
分かっていて選んだのだから、当然の結果だった。
理久は椅子にもたれ、天井を見上げた。
それなら、この実験は失敗だったのだろうか。
そう考えて、すぐに違うと思った。
彼女が料理をおいしいと言った時、嬉しかった。
店に来てくれた時も、そうだった。
帰らずにバルコニーまで付き合ってくれたことも。
どれも、仮説の正しさを確認できたからではない。
綾瀬美月が、そうしてくれたからだ。
そこまで考えて、理久は目を伏せた。
……観察者の方に、問題があるな。
食事を終えて帰宅した理久は、ジャケットを脱ぎながら、店を選んだ時の自分を思い出していた。
王子らしい店を選べば、綾瀬美月はどう反応するのか。
医局で耳にした他愛ない会話をきっかけに、そんな仮説を立てた。彼女の希望とは正反対のレストランを予約したのも、少しばかり反応を見てみたかったからだ。
結果は、予想どおりだった。
送った店の情報に対する最初の返信は、
『普通のお店とは』
あの短い文章を見た時点で、抗議している顔が目に浮かんだ。
当日も、彼女は店の前で不満そうにしていた。こちらを見るなり、今日の食事はあくまでお礼だと念を押してきたのだから、相当警戒されていたのだろう。
理久はジャケットをハンガーに掛け、リビングへ向かった。
それでも、彼女は来てくれた。
嫌なら店を変えると伝えた時も、帰るとは言わなかった。
料理を口にした時には、思わずおいしいと呟いていた。
その直後、料理に対してです、とわざわざ訂正してきたところまで、よく覚えている。
……そこは別に、訂正しなくてもいいんだけどね。
理久は小さく笑った。
さて。
仮説の検証結果は、どうだっただろう。
◇
理久はデスクの椅子に腰を下ろした。
パソコンを開けば、途中まで読んでいる論文が表示される。確認したいデータも、返信すべきメールも残っていた。
けれど、今夜に限っては、別のことが気になっていた。
【仮説】
王子扱いをしない綾瀬美月でも、王子らしい演出をすれば、多少は態度が変わるのではないか。
【方法】
高級レストランを予約し、窓際の席を用意する。食事を楽しんでもらい、会計は先に済ませる。最後に、夜景の見えるバルコニーでコーヒーを飲む。
……ずいぶん、盛り込んだな。
理久は苦笑した。
女性と食事をする時、店や席に気を配ることは珍しくない。けれど、今回は自分でも少しやりすぎたと思う。
それだけ用意すれば、普通は喜んでくれるだろう。
少なくとも、今までなら。
ところが綾瀬美月は、店の雰囲気に感心するより先に、約束した条件が守られていないことを問題にした。
料理は褒める。
コーヒーも褒める。
しかし、その評価が藤崎理久本人に向けられたものだと解釈されそうになると、即座に否定する。
思い出すだけで、少しおかしかった。
【仮説は棄却】
王子らしい店を用意したところで、綾瀬美月が素直にこちらへ好意を示すわけではない。
むしろ、警戒心を強める。
……まあ、そうだろうね。
分かっていて選んだのだから、当然の結果だった。
理久は椅子にもたれ、天井を見上げた。
それなら、この実験は失敗だったのだろうか。
そう考えて、すぐに違うと思った。
彼女が料理をおいしいと言った時、嬉しかった。
店に来てくれた時も、そうだった。
帰らずにバルコニーまで付き合ってくれたことも。
どれも、仮説の正しさを確認できたからではない。
綾瀬美月が、そうしてくれたからだ。
そこまで考えて、理久は目を伏せた。
……観察者の方に、問題があるな。