光のはじまり ― 王子が困るまで ―
第4話 願い
1か月後。
「別れようか」
彼女は、そう言った。
いつもの部屋。
いつものソファ。
テーブルには、開けたばかりの白ワインが置かれている。
理久は翌日の手術記録を読んでいた。
画面から顔を上げる。
彼女は、いつもと変わらない顔をしていた。
怒っていない。
泣いてもいない。
だから、突然そんなことを言われても、理由が分からなかった。
「何で?」
彼女が少し笑った。
「やっぱり、最初にそれなんだ」
「理由が分からないから」
「何もないよ」
「じゃあ何で」
「何もないから」
理久は黙った。
……何もない?
問題がないなら、別れる必要もないはずだ。
少なくとも、理久はそう思っていた。
彼女はワインをひと口飲んだ。
「私たち、楽だよね」
「うん」
「喧嘩もしない」
「そうだね」
「連絡しなくても平気」
「仕事があるしね」
「会えなくても平気」
理久は少し眉を寄せた。
「平気というか、仕方ないでしょ」
「そう」
彼女は笑った。
「藤崎くんは、全部そうなんだよね」
「何が」
「仕方ない」
理久は彼女を見た。
「……悪い?」
「悪くない」
……また、それか。
何もない。
悪くない。
それなのに、別れたい。
どうにも話が噛み合わなかった。
「私がいなくなっても、仕方ない?」
理久は黙った。
答える前に、彼女が続けた。
「私がいなくなったら、困る?」
また、その質問だった。
「この前、似たようなことを聞かれた」
「誰に?」
「桐谷」
「桐谷先生に?」
「うん」
「藤崎くんは、どう答えたの?」
理久は少し考えた。
「質問が曖昧だって答えた」
彼女は小さく笑った。
「藤崎くんらしい」
「何が」
「困るって、具体的に何に対して困るの、って思ったんでしょう」
理久は黙った。
当たっていた。
彼女がいなくなる。
それによって、何ができなくなるのか。
一人で食事をすることも、眠ることも、仕事へ行くこともできる。
もちろん、彼女と会えなくなるのは残念だ。
けれど、それを困ると言うのだろうか。
彼女はグラスを置いた。
「私、あなたのこと好きだったよ」
理久の眉が動いた。
「過去形?」
彼女は答えなかった。
「俺、何かした?」
「そういうところ」
「何が」
「今、原因を探してるところ」
理久は口を閉じた。
どこかで何かを間違えたのか。
原因が分かれば、直せるかもしれない。
次から同じことをしなければいい。
そう考えていると、彼女が息を吐いた。
「藤崎くんは、私のこと好きだよ」
「そう言ってるよね」
「うん。分かってる」
「じゃあ」
「でも、必要じゃない」
理久は黙った。
……必要。
それは、どういう意味だろう。
食事は自分で用意できる。
洗濯もできる。
仕事にも一人で行く。
眠ることだってできる。
彼女がいなければ生活できない、という意味なら、確かにそうではない。
けれど、それと好きであることは別の話だ。
「必要って何」
彼女の顔が少し変わった。
「分からない?」
「分からない」
分からないものを、分かったふりはできない。
彼女は少し寂しそうに笑った。
「正直だね」
「分からないものを、分かるとは言えないよ」
「そういうところ、好きだった」
「だった?」
「だった」
理久はスマホを伏せた。
さっきまで読んでいた手術記録が、急に邪魔になった。
「別れようか」
彼女は、そう言った。
いつもの部屋。
いつものソファ。
テーブルには、開けたばかりの白ワインが置かれている。
理久は翌日の手術記録を読んでいた。
画面から顔を上げる。
彼女は、いつもと変わらない顔をしていた。
怒っていない。
泣いてもいない。
だから、突然そんなことを言われても、理由が分からなかった。
「何で?」
彼女が少し笑った。
「やっぱり、最初にそれなんだ」
「理由が分からないから」
「何もないよ」
「じゃあ何で」
「何もないから」
理久は黙った。
……何もない?
問題がないなら、別れる必要もないはずだ。
少なくとも、理久はそう思っていた。
彼女はワインをひと口飲んだ。
「私たち、楽だよね」
「うん」
「喧嘩もしない」
「そうだね」
「連絡しなくても平気」
「仕事があるしね」
「会えなくても平気」
理久は少し眉を寄せた。
「平気というか、仕方ないでしょ」
「そう」
彼女は笑った。
「藤崎くんは、全部そうなんだよね」
「何が」
「仕方ない」
理久は彼女を見た。
「……悪い?」
「悪くない」
……また、それか。
何もない。
悪くない。
それなのに、別れたい。
どうにも話が噛み合わなかった。
「私がいなくなっても、仕方ない?」
理久は黙った。
答える前に、彼女が続けた。
「私がいなくなったら、困る?」
また、その質問だった。
「この前、似たようなことを聞かれた」
「誰に?」
「桐谷」
「桐谷先生に?」
「うん」
「藤崎くんは、どう答えたの?」
理久は少し考えた。
「質問が曖昧だって答えた」
彼女は小さく笑った。
「藤崎くんらしい」
「何が」
「困るって、具体的に何に対して困るの、って思ったんでしょう」
理久は黙った。
当たっていた。
彼女がいなくなる。
それによって、何ができなくなるのか。
一人で食事をすることも、眠ることも、仕事へ行くこともできる。
もちろん、彼女と会えなくなるのは残念だ。
けれど、それを困ると言うのだろうか。
彼女はグラスを置いた。
「私、あなたのこと好きだったよ」
理久の眉が動いた。
「過去形?」
彼女は答えなかった。
「俺、何かした?」
「そういうところ」
「何が」
「今、原因を探してるところ」
理久は口を閉じた。
どこかで何かを間違えたのか。
原因が分かれば、直せるかもしれない。
次から同じことをしなければいい。
そう考えていると、彼女が息を吐いた。
「藤崎くんは、私のこと好きだよ」
「そう言ってるよね」
「うん。分かってる」
「じゃあ」
「でも、必要じゃない」
理久は黙った。
……必要。
それは、どういう意味だろう。
食事は自分で用意できる。
洗濯もできる。
仕事にも一人で行く。
眠ることだってできる。
彼女がいなければ生活できない、という意味なら、確かにそうではない。
けれど、それと好きであることは別の話だ。
「必要って何」
彼女の顔が少し変わった。
「分からない?」
「分からない」
分からないものを、分かったふりはできない。
彼女は少し寂しそうに笑った。
「正直だね」
「分からないものを、分かるとは言えないよ」
「そういうところ、好きだった」
「だった?」
「だった」
理久はスマホを伏せた。
さっきまで読んでいた手術記録が、急に邪魔になった。