光のはじまり ― 王子が困るまで ―
俺は驚いた。

藤崎先生が、素直に認めた。

桐谷先生も、少しだけ目を丸くした。

「お前、酔ってるな」

「酔ってるよ」

「だから素直なのか」

「そうかも」

綾瀬が小さくため息をつく。

「帰りましょう。これ以上、余計なことを言う前に」

「余計なこと?」

「はい」

「俺、何か言いそう?」

「言いそうです」

「何を?」

「それを聞かないでください」

藤崎先生は少し笑った。

その笑顔を見て、俺はまた思った。


本当に、王子ではない。

でも、悪くない。

かなり。

* * *

会計を済ませて店を出ると、夜風が少し冷たかった。


綾瀬は藤崎先生の腕を支えたまま、歩道の端に寄る。

「歩けますか?」

「歩けるよ」

「本当ですか?」

「本当」

そのやり取りを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。


綾瀬は、いつもの綾瀬だ。

冷静で、少し厳しくて。

でも、藤崎先生の腕を支える手つきは自然だった。

当たり前のように、そこにいる。

当たり前のように、受け止めている。

藤崎先生も、それを拒まない。

むしろ、少しだけ綾瀬の方へ体重を預けている。


あの藤崎先生が。

自分の弱いところを人前で見せるような人ではなかったはずなのに。

「歩けるって言った」

藤崎先生が小さく言う。

「言いましたね」

「でも、美月が支えてくれるなら、それはそれで」

「調子に乗らないでください」

「……はい」


素直だ。

本当に素直だ。


俺は見てはいけないものを見ている気がした。

桐谷先生が、その様子を見て笑った。

そして、ふいに藤崎先生へ声をかけた。

「藤崎」

藤崎先生が、少し眠そうに振り返る。

「何」

桐谷先生は、少しだけ目を細めた。

「呪い、解けたな」

一瞬、空気が止まった。

俺は意味が分からず、綾瀬も同じように桐谷先生を見た。

「……呪い?」

綾瀬が眉を寄せる。

「りく、呪いかけられてたんですか?」

藤崎先生は答えなかった。

ただ、少しだけ目を逸らしたように見えた。

綾瀬はさらに怪しむように目を細める。

「……本当に何をしたんですか」

桐谷先生は、楽しそうに笑っている。

藤崎先生は、否定も説明もしなかった。


ただ、綾瀬を見て、少し困ったように笑った。

綾瀬は不思議そうに首を傾げながらも、その腕を離さなかった。

二人は、そのまま並んで夜の街へ歩き出した。


六本木の街に散らばる、いくつもの小さな光。

その中を歩く二人の背中が、なぜだか、とても温かく見えた。

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