茜と菫の境界線で、夢を見る。
朝ご飯は苦手だ。どんなにおいしい料理も、目覚めたばかりの身体が何となく受け付けない。
それに今朝は、眠気とは違う靄が全身に纏わりついている。さっきまで見ていた夢の残滓のせいだ。なんだか思考が覚束ない。
四人掛けのダイニングテーブルに、二人分のトーストとウィンナーが並べられている。陽葵はパジャマ姿のまま定位置に着席し、いただきます、と手を合わせた。せっかく作ってもらった朝ご飯を、気乗りしないという理由だけで食べないわけにはいかない。
「おはよう」
身支度を整えたお母さんが、正面の席に腰を下ろす。ふわり、ファンデーションのパウダリーな芳香が微かに漂う。出発の時間が迫っているのだろう、着席と同時にフォークを手に取った。陽葵は「おはよ」と乾いた声で返し、パサつく食パンの端をのそのそかじる。
「夕飯、お願いしてもいい?」
朝食中に夕食の心配をするのは、お母さんの癖だ。陽葵が「うどんでいい?」と提案すると、うん、と頷きながら、ウィンナーを丸ごと口に放り込んだ。その目元には、気丈な振る舞いと薄化粧では隠し切れないクマが貼り付いている。
陽葵がキッチンに立つ頻度は、お母さんの忙しさ指数に比例する。先週からほぼ毎日、陽葵が担当していた。
大学病院の内科医であるお母さんは、ここのところ研修や会議が立て込んでいて、いつも以上に家を空けがちだった。それでも、当直でない日は必ず家に帰ってくる。そして、陽葵と一緒にご飯を食べる。
それは、いつの間にか始まった、母と娘の約束だった。どちらかが言い出したわけじゃない。気づいたときには当たり前になっていた。
3年前のあの日を境に、二人の生活は変わった。