落ちこぼれ芸能科ですが、演技の天才ヒロインが舞台で全員勝たせます。
「だから、乗るな」

「でも、もしほんとのことだったら」

「白雪」

 今度は、さっきより少しだけやわらかい声だった。

「仮にほんとのことだとしても、それをおまえに直接突きつける必要はない」

 その言葉に、小春は目を瞬く。

「必要、ない?」

「不安にさせるために言ってるなら、なおさら聞く価値はない」

 ああ、この人は。
 厳しいようでいて、ちゃんと守ろうとしてくれている。

 そう思った瞬間、胸の奥がじんわりあたたかくなった。

「……蓮くんって、やっぱり優しいよね」

「またそれか」

「だってほんとだもん」

「優しくはない」

「優しいよ」

 小春が笑うと、蓮は少しだけ困ったように目を伏せた。

「そういう顔するな」

「どんな顔?」

「……人を信用しきってる顔」

「え、してた?」

「してる」

 即答されてしまう。

 小春は自分の頬に手を当ててみたけれど、もちろんどんな顔かなんてわからない。
 でも蓮が少しだけ視線をそらしたから、きっとまた何か変な空気になっているのだろう。

「とにかく」

 蓮が話を戻すように言う。

「明日から、ひとりで動くな」

「え?」

「放課後も、なるべく俺か誰かといろ」

「なんで?」

「一ノ瀬が何を考えてるかわからないからだ」

「心配してくれてるの?」

「……警戒してるだけだ」

「ふふ」

「笑うな」

「だって、うれしい」

 素直に言うと、蓮がほんの少しだけ言葉につまった。

 それから、わずかにあきらめたみたいな顔でため息をつく。

「おまえは、ほんとに」

「ほんとになに?」

「放っておけない」

「……!」

 今度こそ、小春は返事ができなかった。

 夜の校舎前。
 街灯の白い明かり。
 吹き抜ける風。
 その全部が急に遠くなったみたいに、耳が熱い。

「えっと……」

「深い意味はない」

「またそれ言う」  

「事実だ」

「ほんとかなあ」

「ほんとだ」

 でも、そのわりに蓮の耳が少し赤い。
 そこを指摘したら、たぶんまた睨まれる。

 小春はくすっと笑いをこらえて、前を向いた。

「じゃあ、明日からも一緒に頑張ろうね」
 
「……ああ」

「みんなを輝かせる」

「当然だ」

「A組にも勝つ」

「勝つ」

「一ノ瀬くんにも負けない」  

「負けるな」

 短い言葉なのに、不思議と力がわく。
 蓮と並んで歩いているだけで、自分は大丈夫だと思えてしまう。

 そうして校門が見えてきたころ、小春はふと気づいた。

「ねえ」

「なんだ」

「蓮くん、家こっちだっけ?」

「いや」

「え?」

「逆だ」

「……じゃあなんでこっち歩いてるの!?」

 蓮は数秒黙ったあと、そっけなく言った。

「おまえを送るためだ」  

「え」

「夜だし、ひとりにするのは危ない」 

「……」

 小春は立ち止まって、まじまじと蓮を見る。

「なに」

「やっぱり優しい」
 
「それしか言えないのか」

「だって今の、完全に優しい人の行動だよ」

「うるさい」

「しかも家、逆なのに」

「白雪」

「はい」

「黙って歩け」

「照れてる?」

「黙れ」

「ふふ」

 怒られているはずなのに、全然怖くない。
 むしろ、その不器用さが少しだけかわいく思えてしまう。

 校門を出て少し歩いた角で、ふいに前から誰かが現れた。
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