落ちこぼれ芸能科ですが、演技の天才ヒロインが舞台で全員勝たせます。
小春はちらりと蓮を見る。

 蓮は机に頬杖をついたまま窓の外を見ていた。
 表情はいつも通り。
 なのに耳だけほんの少し赤い。

 それを見た瞬間、胸がきゅっとする。

 ああ、この人もちゃんと恥ずかしいんだ。
 昨日、あんなにまっすぐ言ってくれたのに。

 授業中も、なんとなく落ち着かなかった。

 先生の声は聞こえているはずなのに、ノートを取る手が少し遅れる。前の席の子がページをめくる音や、窓の外の風の音までやけに大きく感じる。

 ふと右斜め前を見ると、蓮の横顔が見えた。

 長いまつげ。
 すっと通った鼻筋。
 真剣な目。

 昨日までも見ていたはずなのに、今日は全部が違って見える。

「白雪さん」

「ひゃっ」

 急に先生に名前を呼ばれて、小春は勢いよく立ち上がった。

「はい!」

「この式、答えは?」

「し、式……」

 黒板を見る。
 何も頭に入ってこない。

 しまった。全然聞いてなかった。

 教室の空気がざわついたそのとき。

「二十八です」

 落ち着いた声が響く。

 蓮だった。

 先生がうなずく。

「そうですね。白雪さん、座っていいですよ」

「は、はい……」

 小春はへなへなと座りこんだ。

 恥ずかしい。
 でもそれ以上に、助けてもらったことがうれしくて、そっと蓮を見る。

 蓮は何事もなかったみたいにノートへ視線を戻している。

 でも、小春が見ていることに気づいたのか、ほんの少しだけ横目を向けた。

「……ちゃんと授業受けろ」

 口の動きだけでそう言われて、小春はあわてて前を向く。

「……っ」

 だめ。
 そんな小さなことでも、いちいちときめいてしまう。

 昼休み。

 小春がひとりで廊下の自販機に飲み物を買いに行くと、後ろから足音が近づいてきた。

「白雪」

「っ、蓮くん」

 振り向いた瞬間、また心臓が跳ねる。

「ひとりか」

「うん。みんな購買行ってる」

「そうか」

 それだけの会話なのに、ふたりきりという事実だけで空気が変わる。

 昨日まではもっと普通に話せたのに。
 むしろ今のほうが、何を言えばいいかわからない。

「……昨日は」

 先に口を開いたのは小春だった。

「その」

「無理に話さなくていい」

「え」

「おまえが気まずいなら、いつも通りでいい」

 その言い方があまりにもやさしくて、胸がじんとする。

「気まずいわけじゃないの」

「……」

「ただ、その、意識しちゃってるだけで」

 言ってしまってから、自分で固まる。

 なに言ってるの。
 こんなの、もう告白みたいなものじゃない。

 蓮も一瞬だけ目を見開いた。

「……それ、今言うのか」

「ご、ごめん!」

「謝るな」

 低い声。
 でも怒ってはいない。

 蓮は小さく息を吐くと、少しだけ顔をそらした。

「俺だって意識してる」

「え」

「だから、あんまり無防備なこと言うな」

 その一言で、また耳が熱くなる。

「無防備って」

「自覚ないのか」

「ない……かも」

「ある意味すごいな」

 少しだけあきれた声。
 でも、その目はどこかやわらかい。

 沈黙が落ちる。
 気まずいわけじゃない。むしろ、静かなのに苦しくない不思議な時間だった。
< 36 / 44 >

この作品をシェア

pagetop