落ちこぼれ芸能科ですが、演技の天才ヒロインが舞台で全員勝たせます。
「蓮くん」

「なんだ」

「昨日、待つって言ってくれたでしょ」

「ああ」

「すごくうれしかった」

 蓮の目が、静かに小春へ向く。

「急かさないでくれるの、やさしいなって思って」

「……」

「ちゃんと考えたいって思えたの、蓮くんだったからだよ」

 言い終わるころには、心臓がもう痛いくらい速かった。

 でも、蓮はしばらく黙ったあと、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

「そうか」

「うん」

「なら、待つ意味はあるな」

 その言葉に、小春の胸がふわっと軽くなる。

 ああ。
 やっぱりこの人と話すと、安心する。

 そのとき、廊下の向こうから勢いよく声が飛んできた。

「小春ちゃーん!」

「うわっ」

 桃園えるが全力で走ってくる。
 その後ろには白峰くんとレイナまでいた。

「見つけた!」

「なんでみんな来るの!?」

「だって、ふたりきりで話してるって聞いたから」

「誰情報!?」

「私」

 レイナが真顔で言う。

「レイナちゃん!?」

「えるが騒ぐと面倒だから先に教えた」

「裏切りだよ!」

「うるさい」

 わちゃわちゃと騒ぐ三人を前にして、小春は思わず笑ってしまう。

 すると、えるがじーっと小春の顔を見る。

「……なに?」

「小春ちゃん、さっきより顔やわらかい」

「え」

「桜井くんと話したから?」

「ち、違っ」

「違わないだろ」

 ぽつりと蓮が言った瞬間、その場の全員が固まった。

「……え」

 小春が目を丸くする。

 えるは数秒止まったあと、顔を輝かせた。

「今の聞いた!?」

「聞いた」

「聞いたけど」

「桜井くん、さらっとすごいこと言った」

 白峰くんもレイナも反応している。

 蓮は自分で言ってから気づいたのか、わずかに眉を寄せた。

「……今のは」

「今のは!?」

 えるが前のめりになる。

「いや」

 珍しく蓮が言葉に詰まる。

 その様子がなんだかおかしくて、小春はふふっと笑った。

「蓮くん」

「なんだ」

「ほんとに、ちょっとずつわかりやすくなってるね」

「……おまえまで言うのか」

「だって、うれしいから」

 小春がそう言うと、蓮はもう何も言い返せなかった。

 その代わり、少しだけ困ったように目を伏せる。

 そんな彼を見て、胸の奥がまたあたたかくなる。

 まだ返事はしていない。
 でも、昨日までとは違う。

 自分の気持ちは、ちゃんと前に進み始めている。
< 37 / 44 >

この作品をシェア

pagetop