君のいない明日を、今日。

ホームルーム?

校門をくぐり、昇降口へ向かう。

下駄箱で靴を脱ぎ、上履きに履き替えていると、

「愛、おはよ」

後ろから、聞き慣れた声がした。

「……おはよ」

振り返らずに、短く返す。

「なんだ? 今日はご機嫌ななめかー?」

「うるさい」

小さく返して、靴をしまう。

いつもの会話。

いつもの声。

何度も繰り返してきた、朝のやり取り。

顔を上げた瞬間、目の前にいる彼と目が合った。

――こうき。

いつもと変わらない笑顔。

いつもと変わらない声。

いつもと、何も変わらない。

それなのに。

どうしてだろう。

やっぱり、目頭が熱くなった。

「……っ」

泣きそうになる。

何度も会った。

何度も話した。

何度も、この笑顔を見た。

そして、そのたびに――

失った。

「愛?」

こうきが不思議そうに顔を覗き込む。

私は慌てて顔を逸らした。

「……なんでもない」

「なんでもないって顔じゃないけど」

「本当に、なんでもないから」

これ以上、見ていられなかった。

こんなところで泣くわけにはいかない。

私はこうきから逃げるように、鞄を持って教室へ走った。

「おい、愛?」

後ろから呼ばれた声は、聞こえないふりをした。

教室に着いて、席に座る。

息を整えながら、私は机の上を見つめた。

――どうすればいい?

今まで何をしても、こうきは今日の夜...

何度やり直しても、そこだけは変えられなかった。

だったら。

今回は、どうする?

学校が終わったら、こうきについていく?

家に帰らせる?

自販機に行かないように止める?

でもこれも全部やった。

今まで考えつくことは全部やった。

なのに...

全部話す?

「私、何度も同じ一日を繰り返してるの」

そんなことを言って、信じてもらえる?

……無理だ。

そもそも、こうきに何が起こるのかをどう説明すればいい?

「今日、事故に遭うから気をつけて」

そんなことを言ったら。

きっと、こうきは笑う。

「何それ」

って。

私は額に手を当てた。

分からない。

今までのループでは、起きることを変えるだけで精一杯だった。

田中さん。

りほ。

そして、昨日は雨が降らなかった。

こんなことは初めてだった。

でも――

こうきだけは。

どうすれば助けられるのか、分からない。

しばらくするとチャイムが鳴った。

その直後、後ろの扉がゆっくり開く。

「……失礼しまーす」

そーっと顔を覗かせたのは、りほだった。

「りほ」

「……!」

私に気づいたりほが、ほっとしたように笑う。

「大丈夫だよ。近藤先生、まだ来てない」

「えー!! 珍し! ラッキー! セーフ!」

小声で叫びながら、りほは急いで教室に入ってくる。

そして私の前の席に座った。

それから五分ほど経ったころ。

教室の前の扉が開き、学年主任の先生が入ってきた。

「今日は近藤先生が風邪でお休みです。このあと一限の数学まで静かに待ってるように」

そう言って学年主任の先生は足早に出て行った。

教室が一気にざわつく。

「えー、マジ?」

「ラッキーじゃん」

そんな声が飛び交う中。

ふと、背中に視線を感じた。

振り返らなくても分かる。

こうきだ。

後ろの席から、何か言いたげにじーっとこっちを見ている。

「……なに」

短く返す。

「べつにー」

そう言いながらも、視線はこっちを向いたまま。

私はこうきを見つめた。

――今日、どうすればいい?

いつも通り笑って。

いつも通り話して。

いつも通り、一日を過ごす。

それでいいの?

でも、それじゃあ。

また同じ結末になる。

「なになにー? 夫婦喧嘩ですかー?」

こうきの隣に座っている水原が、面白そうに口を挟んできた。

「違うから」

私はそれだけ言って、席を立った。

「えー、彼女が朝から不機嫌なんです〜」

「お前、余計なこと言うなって!」

背中越しに、こうきと水原のやり取りが聞こえる。

私はそのまま教室を出た。

廊下を歩きながら、ぎゅっと手を握る。

どうすればいい。

どうすれば、こうきを助けられる?

私は、何度やっても。

何度やり直しても。

こうきが死ぬ未来だけを、知っている。

それを変える方法だけが分からない。

「愛ー」

後ろから足音が近づいてきた。

振り返ると、りほだった。

「なに?」

「こうきに優しくしてやんなよー」

「……」

「いい彼氏じゃん?」

私は少しだけ黙った。

廊下の窓から差し込む光が、やけに眩しかった。

そして、前を向いたまま答える。

「……いい彼氏だからだよ、もう...疲れたよ」

「ん?」

りほが不思議そうに首を傾げる。

「どういう意味?」

私は答えなかった。

ただ、鞄の中に入っている折り畳み傘を思い出す。

昨日、初めて雨が降らなかった。

今まで変えられなかったものが、少しずつ変わっている。

だったら。

こうきだって――

「……変えられる」

誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。

でも、その言葉とは裏腹に。

胸の奥には、まだ怖さが残っていた。

もし、何をしても変えられなかったら。

もし、今回もこうきを失ったら。

――次は、ない。

私はぎゅっと拳を握った。

だから。

今日だけは、絶対に諦めない。

どうすればいいのか分からなくても。

何を変えればいいのか分からなくても。

私は今日、こうきを死なせない方法を探す。
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