君のいない明日を、今日。

こうき視点

――こうき

家に帰ってから、何をしていたのか覚えていない。

ただ、スマホだけを握っていた。

画面に残っているのは、愛との最後のやり取り。

『ごめんね』

たった、それだけ。

俺から別れを告げた。なのになんで。

「……」

愛は、泣いていた。

――やっぱり。

愛は何かを隠している。

それだけは分かる。

でも。

今は、それを確かめることはできない。

俺には、愛を引き止める理由がある。

本当なら。

今すぐ追いかけて。

「やっぱり別れたくない」って言いたい。

でも、それをしてしまったら。

また――

「……」

俺は目を閉じた。

頭の中に浮かぶのは、何度も見た光景だった。

もう、見たくない。

何度も。

何度も何度も。

同じ結末を見てきた。

愛が笑って。

愛と話して。

愛と過ごして。

最後には――

「……もう、いいだろ」

誰に言うでもなく呟く。

ふらりと立ち上がる。

机の引き出しを開ける。

奥にしまってあるものを取り出した。

古びた一冊のノート。

表紙は擦れていて、角は何度も折れ曲がっている。

ページをめくる。

そこには、びっしりと文字が書かれていた。

日付。

時間。

起きた出来事。

変えられたこと。

変えられなかったこと。

何度も書き直した跡。

消して。

書いて。

また消して。

紙が薄くなるほど、何度も何度も繰り返した。

その中には――

愛を救うために試したことが、全部残っている。

「……あい」

小さく呟いて、ページをめくる。

また、めくる。

そして。

そこに書かれた一行で、手が止まった。

――雨が降らなかった。

「……」

指で、その文字をなぞる。

今までずっと変わらなかったこと。

何度繰り返しても、同じだったこと。

それが、変わった。

トラックに轢かれた時はもう終わったとも思った。

でも俺が先に死んだら、もしかしてってーー

実際にはおれは数日間生死を彷徨って、片足は無くなったけど生きてた。

目が覚めた時、愛が自殺したことを聞いた。

きっと最後まで話聞かなかったんだろうな。

早とちりしやがって。

前回俺はそのまま屋上から身を投げた。

そして今回。

俺は愛と別れた。

前のループとは違う。

少しずつ。

確実に。

何かが変わっている。

俺はノートの最後のページを開いた。

そこには、何度も計算し直した数字と、矢印がびっしりと書かれていた。

その下に、震えた文字で書かれた言葉。

俺が死ぬことをトリガーに死ぬ前にもどる。

これで7回目。戻る時期は選べないが少しずつ昔になっていることは確か。

初めは数日前、そして数ヶ月。

――次は、愛と出会う前。

「……」

息が止まる。

もう一度、計算する。

ページをめくる。

数字を確認する。

もう一度、最初から。

何度も。

何度も確認した。

そして。

「……計算通りなら」

声が震えた。

「次は……愛と出会う前に戻る」

その言葉を口にした瞬間。

胸の奥が、強く締めつけられた。

もし本当にそうなるなら。

次の俺は。

愛を知らない。

愛の笑った顔も。

泣いた顔も。

怒った顔も。

一緒に食べた弁当も。

くだらないことで笑った時間も。

全部。

何も無かったことになる。

「……それでいい」

自分に言い聞かせるように呟く。

「それで……いいんだ」

そうすれば。

愛は――

死なない。

俺と出会わなければ。

俺と関わらなければ。

きっと。

愛は生きていける。

それが分かっているのに。

胸が、痛かった。

ノートを握る手に力が入る。

視界が滲んだ。

「……もう」

声が掠れる。

「もう、見たくないよ……」

ぽた。

ノートの上に、一滴。

涙が落ちた。

書き連ねた文字が、じわりと滲む。

ぽた。

また一滴。

「愛が死ぬところなんて……」

言葉が続かない。

唇を噛む。

何度も見た。

何度も助けようとした。

何度も間に合わなかった。

だから。

これが最後でいい。

これが最後じゃなきゃいけない。

「……次で、終わりにする」

涙を拭おうともせず、ノートを見つめる。

そのページには。

愛と出会わない未来へ戻るための計算が、びっしりと残されていた。

俺はゆっくりノートを閉じる。

そして、最後に小さく呟いた。

「……ごめん、愛」

誰もいない部屋に、その声だけが落ちた。

「俺がであわなければ……きっと、お前は生きられるから」

夜は静かに更けていった。

そして俺は。

愛と出会う前の世界に戻ることを、ただ願っていた。
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