君のいない明日を、今日。

最後。

――愛

こうきから別れを告げられたのは、初めてだった。

前のループでは、私からだった。

「好きな人ができた」

そんな嘘までついて。

こうきから離れれば、何かが変わると思った。

でも、変わらなかった。

だから今回は。

こうきから別れを告げられた。

もしかしたら。

これなら。

「……きっと大丈夫」

小さく呟く。

何度願っただろう。

今度こそ。

今度こそ、こうきが助かりますように。

今度こそ、今日を終えられますように。

今度こそ――

もう、繰り返しませんように。

お母さんはまだ仕事から帰ってない。

夜ご飯なんて、食べる気になれなかった。

「……お母さん、ごめん。今日はいいや」

チンして食べてねのメモにむかってそう呟いて、そのまま自分の部屋へ向かう。

ベッドに倒れ込む。

枕に顔を埋めると、涙がまた溢れてきた。

「……こうき」

名前を呼ぶ。

もう、彼氏じゃない。

そう思うだけで胸が痛かった。

でも。

これでいい。

これで、こうきが生きてくれるなら。

私は、それでいい。

何度も何度も、そう自分に言い聞かせた。

そのうち。

いつの間にか、眠っていた。

――

ふと、目が覚めた。

「……ん……」

頭がぼんやりする。

部屋が、白く霞んでいた。

「……なに、これ……」

息を吸った瞬間。

喉が焼けるように痛んだ。

煙。

部屋の中に、煙が充満している。

「……え?」

起き上がろうとする。

でも。

身体が動かない。

手も。

足も。

思うように動かなかった。

遠くで、サイレンの音が聞こえる。

嫌に大きい。

近い。

なのに。

頭はぼんやりしていた。

「……火事……?」

状況が理解できない。

怖いはずなのに。

不思議なくらい、頭の中は静かだった。

そして。

こんなときなのに。

ふと、こうきのことを考えた。

「……こうき、何してるかな……」

今日、別れた。

泣いていた私を見て。

こうきは、どんな顔をしていたんだろう。

でも。

これで助かったんだよね。

きっと。

今度こそ。

そう思った。

瞼が重くなる。

「……よかった……」

何がよかったのか。

自分でも分からない。

ただ。

こうきが生きてくれるなら。

それで――

ゆっくりと目を閉じる。

遠くで鳴っていたサイレンも。

誰かの声も。

少しずつ遠ざかっていく。

意識が、静かに沈んでいった。

――

こうき

次の日。

学校に着くと、教室がいつもより騒がしかった。

「……何?」

教室の中を見渡す。

そして。

りほが泣いているのが見えた。

「りほ……?」

声をかける。

でも。

その顔を見た瞬間。

全部、分かってしまった。

「……」

もう、何回見ただろう。

昨日。

愛の家で火事があった。

原因は、隣の木造アパートからの出火。

タバコの不始末だったらしい。

火は愛の家にまで燃え移った。

そして。

眠っていた愛は逃げ遅れて――

亡くなった。

「……今回は、火事か」

ぽつりと呟く。

通り魔。

転落死。

事故。

どれだけ先回りしても。

どれだけ行動を変えても。

どれだけ愛を守ろうとしても。

最後には。

愛は死んだ。

俺は机に手をついた。

「……」

ノートに書いたことが、頭の中をよぎる。

何度も試した。

何度も変えた。

それでも。

愛を救えなかった。

そして。

五月十日。

忘れもしない日。

何度繰り返しても。

この日だけは、愛を失った。

だから。

もう決めた。

次は。

愛と出会わない。

もちろん。

彼氏としてそばにいることもない。

一緒に笑うことも。

一緒に帰ることも。

弁当を分け合うことも。

くだらないことで喧嘩することも。

北海道に行こうなんて話すことも。

全部。

なくなる。

愛との思い出も。

何もかも。

俺の中から消えていく。

それでいい。

それがいい。

そうしなければ。

愛は、生きられない。

「……じゃあね、愛」

誰にも聞こえない声で呟く。

「君が生きて、笑ってる世界を願ってる」

それだけでいい。

俺が愛の人生にいなくても。

愛が生きていられるなら。

それでいい。

俺は静かに教室を出た。

誰にも何も言わず。

ただ、最後に一度だけ空を見上げる。

五月の空は、何も知らないように青かった。

そして俺は。

屋上へ向かった。

扉を開ける。

風が吹いていた。

目を閉じる。

これで。

終わる。

次に目を覚ましたとき。

俺は、愛と出会う前に戻る。

今度こそ。

愛を救える。

「……ごめん」

最後に。

もう一度だけ、名前を呼ぶ。

「愛」

そして俺は。

静かに、その場所から身を投げた。
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