魔法より、君に恋をする。
 女子寮の前へ着く。

「ありがとうございました」

「俺は傘に入っただけだ」

「案内してくれた」

「それは最初だけだ」

「黒い石の話もしてくれた」

「会長がな」

「先輩も」

「……そうだな」

 リリアは傘を閉じる。

「じゃあ、また学校で」

「ああ」

 リリアは女子寮へ向かいかけて、ふと思い出したように振り返った。

「明日はセシルと出かけるので」

「知ってる」

「なんで?」

「昼に噂になっていた。お前とアルヴェインが二人で王都へ行くらしい、と一年の女子が話していた」

「早い」

「目立つからな、お前たちは」

「クロフォード先輩も目立ちますよ」

「俺はいい」

「またそれ」

 リリアは笑った。

「お土産いる?」

「……俺に?」

「はい。今日、案内してくれたから」

「いらない」

「じゃあ買いません」

「……」

「何?」

「いや」

「欲しい?」

「いらない」

「分かりました」

 リリアが本当に頷くと、カイルはわずかに眉を寄せた。

「やっぱり欲しい?」

「……好きにしろ」

「じゃあ買います」

「そうか」

「何がいい?」

「何でもいい」

「また一番困る答え」

「お前が選べ」

 リリアは少し考えてから頷いた。

「分かりました。じゃあ私がクロフォード先輩っぽいと思ったものにします」

「嫌な予感しかしないな」

「失礼」

 今度こそ寮へ向かおうとしたところで、背後から名前を呼ばれた。

「リリア」

 振り返る。

「何ですか?」

 カイルは一瞬だけ迷ったようだった。

「……明日、気をつけて行け」

「はい」

「迷うなよ」

「セシルがいるから大丈夫です」

「ならいい」

「クロフォード先輩も良い休日を」

「ああ」

「じゃあ、また学校で」

「またな」

 リリアは手を振り、女子寮へ入っていった。

 扉が閉じてからも、カイルはしばらくその場に立っていた。

 以前は、思い出してほしいと思っていた。

 自分を。あの日々を。彼女が笑ったことも、怒ったことも、自分の名を呼んだことも、全部。

 忘れられていることが、苦しかった。

 けれど今は、過去を知らない彼女が自分を見ている。

『秘密とは関係なく、普通に知りたい』

 怖いと思っていた男を知ろうとして、猫に餌をやることを知って、笑った顔を覚えていたいと言う。好きな食べ物を聞いて、一緒に甘いものを食べようと誘い、明日の外出では自分のために土産まで選ぼうとしている。

 そんな何でもない時間が、どうしようもなく嬉しかった。

 同時に、少しだけ怖い。

 いつか彼女がすべてを知った時、今と同じ目で自分を見るだろうか。

 それでも、過去を思い出してほしいと願うだけでは、もう足りなかった。

 彼女が知らない今の時間を、もっと増やしたい。

 過去の自分を取り戻してほしいのではなく、今ここにいる自分を知ってほしい。

「……欲張りだな」

 小さく呟いて、カイルは歩き出した。

 次に会う時、彼女はどんな顔で「お土産」を渡してくるのだろう。

 そんなことを考えている自分がおかしくて、けれど嫌ではなかった。

 明日は彼女に会わない。

 それでも、その次がある。

 また学校で。

 今のカイルには、その約束にもならないような言葉で十分だった。
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