魔法より、君に恋をする。
 放課後。

 第十三部隊の六人が演習場へ集まると、すでにルシアンが待っていた。

 いつもの記録板ではなく、黒い布に包まれた細長い板を持っている。

「今日は訓練の前に話がある」

「昨日の?」

 リリアが聞く。

「そう」

「分かった?」

「少しだけ」

 ルシアンは六人を見回した。

「先に言っておく。今から話すことには、確認できた事実と僕の推測が混ざっている。分けて話すよ」

 リリアが少しだけ笑う。

「何?」

「ちゃんと説明してくれるようになった」

「君に怒られたからね」

「怒ってない」

「結構怖かったよ」

「嘘」

「ばれたか」

 軽いやり取りをしてから、ルシアンは表情を改めた。

 黒い布を外す。

 中にあったのは、薄い石板だった。

 その表面には魔法で転写された術式が刻まれている。

「昨日、六体目が出現した地点の地下から検出したものだ」

 中央に円。

 そこから外へ伸びる細い線。

 リリアはすぐに気づいた。

「十二本」

「ああ」

 カイルの眉がわずかに動く。

 アレンは何も言わない。

 ノアからも、いつもの軽い笑みが消えていた。

 レオンハルトだけは、術式をじっと見つめている。

「前に見た黒い石と同じ?」

 セシルが聞いた。

「完全に同一ではない。ただ、構造はかなり近い」

 ルシアンが答える。

「そして、リリアが北棟の資料室で見つけた古書に描かれていたものとも似ている」

「じゃあ、三つ目?」

「そうなる」

「黒い石、古い本、演習場」

 セシルが指を折る。

「全部、学院の中?」

「黒い石そのものは王都でも見つかっている」

「じゃあ学院だけじゃないんだ」

「今のところはね」

 リリアは石板を覗き込んだ。

「昨日、もう一個あった?」

 ルシアンの目が細くなる。

「気づいた?」

「今はない。でも、先輩が何か隠してそうな顔してる」

「僕の顔で判断したの?」

「うん」

「精度が上がってるなあ」

「何があったの?」

 ルシアンは一度息を吐いた。

「十三本目が出た」

 静かになった。

「……十三?」

 レオンハルトが呟く。

「ほんの一瞬だけだ。僕が術式へ魔力を流した時、十二本の外側にもう一本の線が現れた」

「記録は?」

 カイルが聞く。

「できなかった。出現は一秒にも満たなかったからね。その後、同じ条件で何度か試したが再現しなかった」

「なら見間違いの可能性もある」

「あるよ」

 ルシアンはあっさり認めた。

「だから十三本目については、まだ事実として扱わない。ただし僕は見た。それだけ覚えておいて」

 アレンが壁にもたれた。

「で、十二本の方は?」

「こっちは確実に存在する」

「何の術式なんだ」

「まだ特定できない」

「使えねえな」

「監督生に向かって随分だね」

「分かんねえもんは分かんねえだろ」

「否定はしないよ」

 リリアは石板へ指を伸ばしかけた。

「触っていい?」

「待って」

 止めたのはルシアンではなく、セシルだった。

「何?」

「昨日、六体目がリリアの近くから出たんだよね」

「うん」

「黒い石もリリアの魔力に反応した」

「そう」

「だったら今、触らない方がいいんじゃない?」

 リリアは手を引っ込めた。

「確かに」

 素直に引いたので、セシルの方が少し驚いた。

「今日は素直だね」

「昨日六対一で負けたから学んだ」

「多数決の話?」

「うん」

「そこを学んだんだ」

 小さく笑ったあと、セシルは石板へ視線を戻した。

「もう一個、気になる」

「何かな?」

 ルシアンが尋ねる。

「十二本の線って、全部中央から外に向かってるんですか?」

「……どういう意味?」

「向き」

 セシルは石板へ触れないよう、指先だけを近づけた。

「魔法陣って、魔力が流れる方向があるんですよね?」

「ある」

「これ、中央から十二方向に何かを送ってるのか、それとも十二方向から中央へ集めてるのかで、意味が全然違わない?」

 ルシアンが黙った。

 カイルも術式を見る。

「……確かに」

「分からないの?」

 リリアがルシアンを見る。

「分からないというより」

 ルシアンは眼鏡の奥で目を細めた。

「僕は最初から、中央を起点として見ていた」

「なんで?」

「そういう術式だと思い込んでいたからだろうね」

「じゃあ逆かもしれない?」

「あるいは、両方かもしれない」

 ルシアンは石板を持ち上げ、光へ透かすように角度を変えた。

「面白いな」

「セシルすごい」

 リリアが言う。

「私は魔法詳しくないから、見たまま言っただけだよ」

「それがすごい」

「……ありがとう」

 セシルが少し照れたように笑った。

「アルヴェインの視点は重要だな」

 レオンハルトも言った。

「僕たちは魔法陣を見ると、どうしても既存の術式理論に当てはめて考えてしまう」

「剣しかやってこなかったのも、たまには役に立ちますね」

「君の場合、剣しかという実力ではないと思うけど」

「褒められた」

「僕も褒めたのに」

 リリアが言う。

「リリアに褒められた方が嬉しい」

 さらりと返される。

「そう?」

「うん」

「じゃあもっと褒める」

「……それはちょっと待って」

「なんで?」

「心の準備するから」

 リリアは首を傾げた。

 アレンが小さく吹き出す。

「お前も大変だな」

「誰のせいだと思ってるんですか」

「俺じゃねえだろ」

「リリアの周りにいる人、全員ちょっとずつ原因です」

「私も?」

「リリアが一番」

「なんで?」

「それは自分で考えて」

「難しい」

「頑張って」

 ルシアンが石板を包み直した。

「続きは僕の方でも調べる。ただし、これからは君たちにも分かったことを共有する」

「全員に?」

 リリアが確認する。

「ああ」

「セシルにも?」

「もちろん」

 ルシアンはセシルを見る。

「むしろ今ので、アルヴェインには参加してもらった方がいいと思った」

「私、専門知識はほとんどないですよ」

「だからいいんだよ」

 セシルは少しだけ考えたあと、頷いた。

「分かりました」

 リリアは嬉しくなった。

「これでみんな一緒」

 何気なく言っただけだった。

 けれど、その言葉に、アレンとカイルとノアの表情がほんのわずかに変わった。

 以前なら。

 秘密を知る者だけで囲っていただろう。

 今は、その輪の中にセシルがいる。

 何も知らない彼女が。

 それを不自然だと思ったのは、リリアではなかった。
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