魔法より、君に恋をする。
 訓練が終わり、みんなが着替えや片付けへ向かったあと。

「レオンハルト」

 ルシアンが呼び止めた。

「少しいいかな」

「もちろんです」

 二人だけになった演習場。

 レオンハルトは先ほどまでの柔らかな笑顔を消した。

「朝のことですか?」

「聞いたんだね」

「ええ」

「ノアから?」

「詳しくは何も」

「そう」

 ルシアンは記録板を閉じた。

「なら僕から話すことでもないかな」

「会長」

 レオンハルトの声が止める。

「はい?」

「僕は、何を忘れているんですか」

 ルシアンは答えなかった。

「やっぱり」

「何が?」

「誰に聞いても、その質問だけ答えない」

 レオンハルトは苦笑した。

「それ自体が答えになっていると思いませんか」

「鋭いね」

「褒められても嬉しくありません」

 珍しく、少しだけ棘がある。

「僕は昔から、記憶力は悪くないんです」

「知ってるよ」

「なのに最近、知らないはずの場所を懐かしいと思う。初めて聞く言葉に胸が痛む。そして」

 一度、言葉を止める。

「初めて会ったはずの女の子を、最初から知っているような気がする」

 ルシアンの瞳が静かにレオンハルトを見る。

「リリア?」

「はい」

「それは記憶じゃなく、恋かもしれないよ」

「それなら、もっと簡単だったでしょうね」

 レオンハルトは少し笑った。

「もちろん、今の彼女に惹かれていることまで否定するつもりはありません」

 その声には迷いがなかった。

「でも、それとは別です」

「……」

「僕は何かを忘れている」

 風が吹いた。

 金色の髪が揺れる。

「そして、あなたたちは知っている」

 ルシアンはしばらく黙っていた。

 やがて眼鏡を外し、目元を押さえる。

「本当に、君たちは面倒だな」

「褒め言葉として受け取ります」

「誰に似たんだか」

「あなたにだけは言われたくありません」

「それはそうだ」

 ルシアンは眼鏡を戻した。

「一つだけ答える」

 レオンハルトが待つ。

「君は確かに、何かを忘れている」

 青い瞳が揺れた。

「何を?」

「それは今、僕から話すべきじゃない」

「なぜです」

「取り戻すべき記憶なのかどうか、僕にも分からないからだ」

 レオンハルトの眉が寄る。

「記憶なら、取り戻した方がいいでしょう」

「本当に?」

「え?」

「過去を知ることが、今の君を必ず幸せにするとは限らない」

 ルシアンの声は穏やかだった。

「それに」

 ほんの少しだけ笑う。

「君には今、過去を知らないからこそ見えているものもある」

「……リリアですか」

「それを決めるのは僕じゃないよ」

 レオンハルトは目を伏せた。

 しばらく考えてから、静かに息を吐く。

「分かりました」

「諦める?」

「いいえ」

 即答だった。

「自分で調べます」

「だと思った」

「止めませんか?」

「止めてもやるだろう?」

「ええ」

「なら条件がある」

 レオンハルトが顔を上げる。

「一人で調べないこと」

「……」

「今日、僕たちもそれを覚えたところだからね」

 レオンハルトは少し驚いたあと、笑った。

「分かりました」

「それから」

「まだ?」

「リリアを勝手に巻き込まない」

「彼女は怒るでしょうね」

「間違いなく」

「『私のことなのに』って」

「言うだろうね」

 二人は顔を見合わせた。

 そして、ほとんど同時に笑った。

   
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