魔法より、君に恋をする。
 その夜。

 リリアは寮のベッドに寝転びながら、今日のことを思い返していた。

 黒い羽。

 知らない声。

 朝いなかった四人。

 何かを忘れているらしいレオン先輩。

 知らないことばかりだ。

 以前なら、それがただ腹立たしかった。

 今も腹は立つ。

 でも少しだけ違う。

 話すと言ってくれた。

 待ってほしいとも言われた。

 なら、少しくらいは待ってもいい。

「少しだけ」

 枕元には、ノアにもらった銀色の方位磁針が置いてある。

 何となく手に取った。

「……?」

 針が揺れている。

 北を指さない。

 右。

 左。

 また右。

「壊れた?」

 身体を起こす。

 方位磁針を水平にする。

 それでも針は落ち着かない。

 やがて。

 ぴたり。

 止まった。

 指しているのは北ではない。

 窓。

 正確には。

 学院のさらに向こう。

 王都の外側。

「……何?」

 窓を開ける。

 春の夜風が銀髪を揺らした。

 遠くには王都の灯りが見える。

 そのさらに向こうは暗い。

 何もない。

 そう思った瞬間だった。

 方位磁針が熱を持つ。

「熱っ」

 手を離しかける。

 けれど、針は動かなかった。

 ひたすら同じ方角を指している。

 そして一瞬だけ。

 遠い空の端に、黒い光が走った。

 雷ではない。

 星でもない。

 細い亀裂のような光。

「……黒い、月?」

 なぜそんな言葉が出たのか。

 リリア自身にも分からなかった。

 次の瞬間には、空は元に戻っていた。

 手元の方位磁針も冷たい。

 針は何事もなかったように北を指している。

 リリアはしばらく窓辺に立っていた。

 胸の奥だけが、妙に騒がしい。

 怖い。

 それだけではない。

 知っている。

 そんな感覚があった。

 けれど、何を知っているのかは分からない。

 リリアは方位磁針を強く握った。

 明日。

 今度は自分から話そう。

 ノアにも。

 セシルにも。

 レオン先輩にも。

 アレン先輩にも、クロフォード先輩にも、ルシアン先輩にも。

 誰か一人だけではなく。

 全員に。

 昨日までの彼らがそうだったように、自分まで一人で抱え込む必要はない。

 そう思うと、不思議と少しだけ怖さが薄れた。

 窓を閉める。

 明日になれば、またみんなに会える。

 そのことが今夜は、いつもより少しだけ心強かった。
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