魔法より、君に恋をする。
第二十三章 明日も隣にいる人
翌朝、リリアはいつもより早く寮を出た。
昨夜のことを全員に話すと決めた以上、忘れないうちに伝えたかったからだ。
もっとも、忘れようとして忘れられるような出来事でもない。
黒い亀裂のような光。
突然熱を持った方位磁針。
そして、自分の口から勝手に出た言葉。
『黒い、月?』
なぜそう思ったのかは、今も分からない。
「……」
歩きながら、ポケットの上から方位磁針へ触れる。
今は冷たい。
「壊れてないよね」
「何が?」
「わっ」
真横から声がして、リリアは思わず一歩離れた。
いつの間にかノアがいた。
「びっくりした」
「ごめん。三回くらい呼んだんだけど」
「考え事してた」
「珍しい」
「私も考え事くらいする」
「知ってるよ」
ノアは笑いながら、リリアの顔を覗き込む。
「でも、朝からそんな顔するのは珍しい」
「どんな顔?」
「難しい本を読んでる時みたいな顔」
「分かりにくい」
「眉間にちょっと皺が寄ってる」
言われて触ってみる。
「ほんと?」
「うん」
「消えた?」
「消えた」
「よかった」
「気にするところそこなんだ」
ノアが笑う。
いつもと同じ。
そのことに少し安心してから、リリアは思い出した。
「ノア」
「うん?」
「これ」
ポケットから銀色の方位磁針を取り出す。
「昨日、変だった」
ノアの表情が変わった。
「どう変だった?」
声は穏やかだった。
けれど、笑いが消えている。
「夜、針が北じゃない方を向いた」
「どっち?」
「王都の外」
「それから?」
「熱くなった」
「リリアは?」
「ちょっと熱かった」
「火傷は?」
「してない」
「見せて」
「手?」
「うん」
差し出すと、ノアはリリアの右手を取った。
掌を上に向け、指先まで確認する。
「何もないでしょ?」
「……ないね」
「だから大丈夫」
「それで終わりじゃないでしょ」
ノアが手を離す。
「何を見たの?」
リリアは少し驚いた。
「なんで見たって分かったの?」
「顔」
「そんなに出てる?」
「僕にはね」
さらりと言われて、少しだけ返事に困る。
「……空に黒い光が出た」
「黒い?」
「亀裂みたいなやつ。一瞬だけ」
「それだけ?」
「うん。でも」
リリアは迷った。
「黒い月って思った」
ノアの足が止まった。
ほんの一瞬だった。
けれど、今度は見逃さなかった。
「知ってる?」
「……」
「ノア」
「知ってる」
初めてだった。
こんなにあっさり認めたのは。
リリアも足を止める。
「何?」
ノアはすぐには答えなかった。
「今日、みんなに話すんでしょ?」
「そのつもり」
「じゃあ、その時に僕も話す」
「今は?」
「二人きりでは話したくない」
「なんで?」
ノアは少し考えてから答えた。
「怖くなるから」
冗談ではなかった。
リリアはそれ以上聞かなかった。
「分かった」
「……聞かないんだ」
「みんなに話すって言ったから」
「そっか」
「でも逃げたら追いかける」
「怖いなあ」
「足速い?」
「速いよ」
「じゃあ魔法使う」
「それは反則じゃない?」
「捕まればいい」
ノアが吹き出した。
「分かった。逃げないよ」
「うん」
そして二人はまた歩き出した。
少しだけ近い距離で。
昨夜のことを全員に話すと決めた以上、忘れないうちに伝えたかったからだ。
もっとも、忘れようとして忘れられるような出来事でもない。
黒い亀裂のような光。
突然熱を持った方位磁針。
そして、自分の口から勝手に出た言葉。
『黒い、月?』
なぜそう思ったのかは、今も分からない。
「……」
歩きながら、ポケットの上から方位磁針へ触れる。
今は冷たい。
「壊れてないよね」
「何が?」
「わっ」
真横から声がして、リリアは思わず一歩離れた。
いつの間にかノアがいた。
「びっくりした」
「ごめん。三回くらい呼んだんだけど」
「考え事してた」
「珍しい」
「私も考え事くらいする」
「知ってるよ」
ノアは笑いながら、リリアの顔を覗き込む。
「でも、朝からそんな顔するのは珍しい」
「どんな顔?」
「難しい本を読んでる時みたいな顔」
「分かりにくい」
「眉間にちょっと皺が寄ってる」
言われて触ってみる。
「ほんと?」
「うん」
「消えた?」
「消えた」
「よかった」
「気にするところそこなんだ」
ノアが笑う。
いつもと同じ。
そのことに少し安心してから、リリアは思い出した。
「ノア」
「うん?」
「これ」
ポケットから銀色の方位磁針を取り出す。
「昨日、変だった」
ノアの表情が変わった。
「どう変だった?」
声は穏やかだった。
けれど、笑いが消えている。
「夜、針が北じゃない方を向いた」
「どっち?」
「王都の外」
「それから?」
「熱くなった」
「リリアは?」
「ちょっと熱かった」
「火傷は?」
「してない」
「見せて」
「手?」
「うん」
差し出すと、ノアはリリアの右手を取った。
掌を上に向け、指先まで確認する。
「何もないでしょ?」
「……ないね」
「だから大丈夫」
「それで終わりじゃないでしょ」
ノアが手を離す。
「何を見たの?」
リリアは少し驚いた。
「なんで見たって分かったの?」
「顔」
「そんなに出てる?」
「僕にはね」
さらりと言われて、少しだけ返事に困る。
「……空に黒い光が出た」
「黒い?」
「亀裂みたいなやつ。一瞬だけ」
「それだけ?」
「うん。でも」
リリアは迷った。
「黒い月って思った」
ノアの足が止まった。
ほんの一瞬だった。
けれど、今度は見逃さなかった。
「知ってる?」
「……」
「ノア」
「知ってる」
初めてだった。
こんなにあっさり認めたのは。
リリアも足を止める。
「何?」
ノアはすぐには答えなかった。
「今日、みんなに話すんでしょ?」
「そのつもり」
「じゃあ、その時に僕も話す」
「今は?」
「二人きりでは話したくない」
「なんで?」
ノアは少し考えてから答えた。
「怖くなるから」
冗談ではなかった。
リリアはそれ以上聞かなかった。
「分かった」
「……聞かないんだ」
「みんなに話すって言ったから」
「そっか」
「でも逃げたら追いかける」
「怖いなあ」
「足速い?」
「速いよ」
「じゃあ魔法使う」
「それは反則じゃない?」
「捕まればいい」
ノアが吹き出した。
「分かった。逃げないよ」
「うん」
そして二人はまた歩き出した。
少しだけ近い距離で。