魔法より、君に恋をする。

第二十六章 知らないまま、君を知りたい

春季実戦祭まで、あと一日。

 その朝、王立高等魔法学院《アルカディア》はいつもとはまるで違う場所になっていた。

 中央広場には各部隊の旗が並び、正門には王都から運び込まれた観覧席用の資材が積まれている。校舎の壁には実戦祭の紋章が掲げられ、廊下を歩けば、明日の作戦を話す生徒たちの声がそこかしこから聞こえた。

 そんな中。

「リリア」

「うん」

「逆」

 セシルに言われ、リリアは止まった。

「何が?」

「演習場、そっちじゃないよ」

 指された方向を見る。

 自分が向かっていた廊下とは、完全に反対だった。

「……おかしい」

「何が?」

「昨日も行った」

「そうだね」

「一昨日も」

「うん」

「なんで覚えてないんだろう」

「私にも分からないかな」

 セシルは笑いながらリリアの肩を掴み、そのまま反対方向へ向ける。

「はい、こっち」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「明日は迷わない」

「明日は私が迎えに行くよ」

「信用されてない」

「してるよ」

「じゃあ一人で行ける」

「方向感覚だけは信用してない」

「ひどい」

「遅刻するよりいいでしょ?」

 正論だった。

 リリアが黙ると、セシルが楽しそうに笑う。

 そのまま二人で廊下を進んでいると、前方から金色の髪が見えた。

「あ」

 レオンハルトだ。

 数人の生徒と話していたが、リリアの声に気づいて顔を上げる。

「おはよう、リリア。アルヴェインも」

「おはようございます」

「おはようございます、レオン先輩」

 最近、その呼び方にもすっかり慣れた。

 最初は王子だからと距離を置いていたはずなのに、今では「レオンハルト殿下」と呼ぶ方が不自然な気がする。

「二人とも、これから訓練?」

「はい」

 セシルが答える。

「最後の調整です」

「僕も行くところだった。一緒に行こうか」

「うん」

 三人で歩き出す。

 少し進んだところで、リリアはレオンハルトを見る。

「レオン先輩」

「何?」

「明日、緊張する?」

「少しはね」

「意外」

「僕を何だと思ってるのかな」

「王子様」

「それは合ってる」

「王子様って緊張しなさそう」

「偏見だね」

「私、王子様レオン先輩しか知らないから」

 レオンハルトが一瞬黙った。

「……そうだね」

「でも最近、ちょっと普通」

「褒められてる?」

「かなり」

「なら喜んでおこう」

 セシルが隣で小さく笑った。

「リリア、普通の基準が独特だから気をつけた方がいいですよ」

「知ってるよ」

「二人とも失礼」

「褒めてる」

「本当に?」

 そんな話をしながら演習場へ向かった。

     
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