愛を失う数時間前【通常版】

 未知留は驚くほど聞き上手だった。
 最初は警戒していた俺もいつのまにか悩みを打ち明け始めていた。

「大人の身勝手な理屈で不幸になるのは結局、子供なんだよね」
 その言葉に共感し、慰められた。
「一緒に暮らしたって結婚できたのに、親に騙されたんだ」
 俺の話を未知留は真剣に聞いてくれた。
「俺たちの本気の想いを『どうせ大人になったら忘れるようなもの』って……。許せないっ」
 怒りをぶつけた。
「ホントの姉弟だったら恋愛感情持つわけねえじゃん。あたりまえだろ。そんなわかりきってるくだらない理由で、なんで俺たちが引き離されなきゃならなかったんだよ」
 けど未知留は途中で急にてのひらを返した。「平和だな」って馬鹿にした。
 
 そこからの口論をよく覚えていない。
 胸倉を掴み合って、ただ鬱積した感情を子供じみた暴言で吐き出し合った。だがそれが“ガス抜き”になったんだと思う。

 俺たちは時々、ふたりだけで喋るようになった。
 俺は未知留の前でだけ、フッカちゃんへの想いを口にできた。
 なぜかといえば俺の周りにいる友達もまた、父親と同じ反応をするからだった。
 
「『初恋』ってやつだね。俺もいたわ。――あ、でも名前思い出せねぇ」
「『大人になって会ったらガッカリするパターン』多いよな。それよりさ、〇組の〇〇がおまえのこと好きって噂だけど、つきあっちゃえば?」
 どいつもこいつも話にならなかった。
 あの頃、未知留だけが俺の想いを受け止めてくれた。――そして俺は、語りすぎた。
 

 未知留がフッカちゃんと同じ高校を受験した。
 わずかな違和感はあった。だが第一志望校があり併願のひとつとして受けると聞いていた。

 未知留の進学先を知ったのは卒業した後だった。
 そこからは――正直、思い出すのもつらい。

 フッカちゃんと付き合っていると知って、理解するのに数日かかった。……こんな裏切りってあるか?
 俺がどれだけフッカちゃんを好きで、会いたいか――、信頼して打ち明けていた唯一の相手が、なんで付き合う?
 意味が分からなかった。
 
 フッカちゃんを奪われて、未知留を恨んだ。
 けど一番は、フッカちゃんとの“運命”を過信した自分自身が許せなかった。

 ……いや、まだ終わりじゃない。
 部屋の中のものを壊しまくって、暴れまくって、俺は無理矢理強がった。
 ……恋愛ぐらい、どうってことない。 
 

 高校生になった俺は、しだいに狡さも身に着けた。
 本音は隠し、要領良く立ち回ることも覚えた。
 部活やバイトに力を入れてみたり、告白された子と付き合ってみたり、青春っぽいことに興じてみたり、した。
 だけどその裏ではフッカちゃんと未知留がいつ別れるか――常に探っていた。
 未知留に手紙を書き続けたのもそのためだ。病気のお母さんをダシに使う罪悪感なんてなかった。――それもふたりが結婚したと知って終わったけど。

 ……実は、成人になって制限が解除された時、フッカちゃんに会いに行った。
 だけど未知留と笑い合っている幸せそうな顔を遠くから見て――、一瞬で足が動かなくなった。

 ……フッカちゃんが、本当に未知留のことが好きなら……俺はもう――いらないんじゃ……

 
 あの日から俺は、自分がどう動いたらいいか分からなくなった。
 それでも情けなく――いつか別れるかもしれない、という期待だけはずっと手放せなかった。

 
 ふたりが結婚したと知った時、俺は描きためてきたフッカちゃんの絵を衝動的にすべて捨てた。
 せっかく就職できた会社も数週間で辞め、バイトで貯めた金を持って、家を出た。

 タブレット片手に知らない土地を転々とし、金が尽きたら親に無心した。
 俺への負い目からか、黙って振り込んでくれた。
 降り立った土地では風景を描いた。
 いろんな人が寄ってきた。善良な人とも、そうじゃない人とも知り合った。
 ――素直で危なっかしくて、面倒をみてやりたくなるよ。
 そんなことをよく言われた。
 フッカちゃんが子供の頃に言ってくれた言葉を思い出し、また泣けた。

 描いたものを世話になった人たちに残して、また移動する――、そんなことをやっていたらSNSで評判になっていた。
 ある日、知らない人からイラストを買い取りたいとメッセージが来た。
 有名な観光地や世界遺産を描いたわけでもない、どこにでもありそうな坂の多い町の、橋の絵、しかもモノクロ――。
 “こんなの”が売れるんだ?
 びっくりした。

 人生は俺の青写真通りにはいかなかったが、それなりに面白い出来事もあったし、いろんな人たちと知り合い、それが今も仕事に繋がった。親との関係は微妙だが俺も放浪して少しは大人になり、親とはいえ人間だから自分が大事で、間違えることもある。……と、まあ理解はしている。
 とにかく、どうにかこうにか生きていこう。ていうか生きていくしかない――そう思って過ごしていた。

 そんな俺の前に、フッカちゃんが現れたんだ。

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