愛を失う数時間前
18 この嘘に、嘘を。
風香:夫の立場はどんな感じでしょうか、
遠藤先輩との関係に変化はありましたか?
栗生:正直、雨宮のやり口に引いてます
あまりにも……
風香:というと?
栗生:驚かないでくださいね
栗生は前置きをしてから、にわかには信じがたい未知留の策略を教えてくれた。
未知留は、風香のことを妻ではなくストーカーだと訂正したというのだ。
――『妻に連絡を入れたところいつも通り働いていて、会社へは来ていない。昨日会社へ来たのは以前からつきまとっている妄想癖がある女だ』と。
……は、
ありえない嘘を堂々とつく未知留に殺意に似た――いや、それ以上の感情が湧き上がってくる。
……どこまでも、どこまでも、私を貶めるんだね。
風香:うちに招待するという話はどうなりましたか?
屈辱に震えながら、確認した。
栗生:それもうやむやになりました
なんせ会社に来たのは“ストーカー”ってことになってますから
「っ、」
舌打ちが出た。
焦った未知留を想像すれば少しは溜飲が下がるはずだった。
だが未知留は風香の行動のすべてをなかったことにした。しかも自分は被害者となって事態の収束を図り、風香を頭のおかしな女に仕立てた。
栗生:こっちも少し動いてみます。
なので元気出してください
止まってしまった返信のせいか栗生に励まされた。
栗生:それに遠藤先輩は完全には
雨宮を信じてないと思います
風香:ほんとうですか?
栗生:はい。なんとなくですが。
そして雨宮もそれに気づいている気がします
!
風香は顔を上げた。
無力感に落ち込みそうになったがまだ望みは繋がっていた。
栗生:先輩が年内に掲げた目標がありまして、
それは残業や休日出勤をしなければ
達成はちょっと難しいんですが、
風香:はい
栗生:雨宮も加わると言い出しましたし、
先輩もいつものように
「おまえはいいよ」とは言わなかったので
!
……未知留は焦っている。
遠藤先輩の疑念が未知留に向いたのを想像し、ようやく風香の口元が上がった。
未知留が誤魔化せたのは『招待』の方。
別に仕掛けた罠には気づかない。
風香:遠藤先輩はまだ、彼女と?
栗生:別れてません
たぶん、はっきりさせたくないのかと……
遠藤先輩が必死に口説いて、つき合ったので
風香:なるほど
それなら、夫へのアタリも強くなりそうで
よかったです
栗生:はい。
結構、目つきがヤバイです
未知留はしばらく仕事中心の生活になるだろう。
追い風が吹いてきた。
風香:栗生さん、年内に会社の方をうちに呼ぶ件、
私はあきらめません
夫にもしつこく言い続けますので
風香は自分の中にある執念――のようなものに励まされていた。
いままでであれば自分を傷つけるものから目を逸らし、無関心を装うこともあれば、心の中で相手を蔑んで気を紛らわすこともあった。
だけど……今回だけは、そんなやり方で済ませるわけにはいかなかった。
未知留にこの裏切りの代償を支払わせなければ、未知留を信じて愛した自分が憐れすぎて前を向けないのだ。
栗生:こっちも引き続き雨宮を注視します
なにかありましたらメールします
風香:よろしくお願いします
こちらも、夫との会話
録音したものを送ります
そして最後に、「心から、頼りにしています」と送った。
今後の計画には栗生の協力が不可欠だ。
すぐに優斗に電話を掛けた。