愛を失う数時間前


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 風香は掃除を徹底した。
 気温はどんどん下がり、地面に積もらない雪が続けて降っていた。
 ……外の方があったかいんじゃない、もしかしたら

 古い洋館はどこもかしこも寒く、掃除に加えて花音の食事もダウンコートを着て運ぶほどだった。
 ……こんな“苦行”もあと数日で終わりよ。

 そう思うと、愉しみの方が勝った。
 
 外周を整理し玄関を拭き上げ、訪問者が使うであろう水回りも念入りに洗い、特にリビングの窓は中と外から汚れを落としピカピカにした。小さなツリーも用意し、カーテンを開けてクリスマスらしいオーナメントを飾り付けた。

「そこまでしなくてもいいのに」
 さすがの未知留も良心が僅かでも痛むのか、寒さに震えながらも必死に体を動かす風香に声を掛けてきた。
「何言ってるの! 未知留の妻として当然じゃない。今度こそ挽回しないと!」
「ごめんね」
「夫婦じゃん。協力しあわないとね」
「そうだね」
 未知留の笑顔は元に戻っていた。
 風香を自分の駒だと信じ安心しきった、満足そうな顔に。

「ねえ、風香」
「なに?」
「生理、来てる?」
「え」
 今回、義務のような夫婦のセックスがなかった。未知留の気分を損ねたせいだろうと思っていたが、まさか毎月チェックされていたとは――どこを?   
 それを想像したら吐き気がした。

「年が明けたら病院行こうか」
「……そうだね」
 風香はぐんと顔を上げた。
「気づかなかったよ!」
 確かにアフターピルを飲んだ後に短い生理が来ただけで、今月の分はまだ来ていない。ホルモンのバランスか、それとも強いストレスのせいか……。

「風香の体が丈夫なことは知ってるけど、あまり無理しないで」
 未知留は労うような素振りを見せてきた。
「大丈夫だよ。健康が取り柄だから」
 胸を叩く。未知留はたっぷりと言った。
「それが風香の魅力だから」
「ははは」
 それしかない、と言われている気がしても風香は道化のように笑った。
 ……そうやって、人生が自分の思い通りに動いていることに得意になっていればいい。油断していればいい。

「でもまずは、掃除よ」
 風香は腕を捲る。
「未知留の会社の人たちに無様なところは見せられないでしょ」
 ……その無様な姿をみんなに見せるのは私じゃなくてあんただけどね。
「でももう十分じゃない?」
「あ、もちろん、年末の大掃除も兼ねてるよ」
「そっか。じゃあ、ほどほどにね」
「ありがと」
 掃除の目的は動線の確保だ。それを悟らせないために家中を整えているのだ。
 
 
 掃除をしながら、この家にある自分の少ない荷物をそっと運び出し、粛々と準備を進めた。
 しばらくは“根無し草”のような生活になるかもしれない。けれどこのままこの暮らしを続ける以上の地獄はない。――未来のことは、未知留と花音に自分が味わった絶望を与えた後に考える。

 
 平穏に見える一日一日が過ぎていき、
 ――復讐の時は来た。


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