愛を失う数時間前
雨宮にとっての地獄のパーティは、風香さんが立ち去ってからほどなく“お開き”となった。
「雨宮君、俺たちを呼ぶ気、ほんとにあったの?」
上司がまず口を開いた。
「俺、誘われてないよね?」
次は遠藤先輩だった。
「あの人が本当の奥さんですよね?」
「そして、その人は妹さんなんですよね?」
女性陣も手加減がなかった。
「……」
顔面蒼白の雨宮が唇を魚のように小さく動かしている様子は、普段の澄ました雨宮からは想像もできないほど滑稽でみっともなかった。
「招かれざる客みたいなんで、帰りますか」
「せっかく奥さんが料理持ってきてくれたけど、そういう気分じゃないよな」
「本当の奥さんにお礼言っといてくださいね」
「あ、そうだ、本当の奥さんに『ストーカー扱いしちゃってすみません』って謝っておいてください」
「……あの、これには、事情が……」
帰り支度の俺たちに雨宮が取り繕うように近づいてきた。
普段の余裕のある爽やか笑顔はのっぺりとして薄気味が悪く、皆、無意識に距離を取った。
「あとで、説明させてください……お願いします」
皆、しらっとしたが遠藤先輩だけはそれに答えた。
「わかった。――待ってるよ」
「……」
遠藤先輩は優しさから言ったんじゃない。
誰の目から見ても言い訳が通用しないこの状況を、雨宮がどう乗り切るつもりか興味津々だと言っているのだ。
それに気づいたのか、雨宮の頬が不格好に引き攣れた。
「さあ、みんな、もう帰ろう」
上司がパン、と手を叩いた。
「飲み直しませんか」
俺はすかさず提案した。
「実は二次会用に予約しておいた店をキャンセルしてないんです」
「それはいい! 行こう行こう」
「わあ。栗生君、気が利くぅ!」
「じゃあ場所を変えよう」
雨宮を無視する格好で、皆ぞろぞろと玄関へ向かい始めた。
俺は、ちら、とテーブルの上に視線を走らせる。
せっかく持ってきた料理は誰の口にも入らず無駄になったが、風香さんも俺も、そのために運んできたわけではない。冷めていく料理に『ごめんな』と心の中で謝って、皆の後に続いた。
「――、送り、ます」
雨宮がふらつきながら俺たちを追い抜いて前へ出ようとした。その一瞬、川奈さんの服に雨宮の腕が触れた。
「きもちわるいっ」
川奈さんがヒステリックに叫んだ。
「触らないでよっ」
「っ」
過去、誰からもこんな言葉を投げつけられたことなんかないんだろう。雨宮の顔がぐにゃりと歪んだ。
「行こっ」
女性陣は雨宮を分かりやすく避け、玄関へと逃げていく。
上司も先輩も黙っていた。
「お邪魔しました」
「お邪魔しました」
「お邪魔しました」
皆、わざと高らかに明るい声で雨宮の家を後にした。
――そこからは、大盛りあがりだった。