愛を失う数時間前


栗生:お疲れ様です。
こちら、すべて終わりました
 
 続けて、送る。

栗生:今、大丈夫ですか? 話せますか?
 
 しばらく待ったが既読にはならなかった。
 復讐を完了させたら友達の家でしばらく世話になると言っていた。――友達と盛りあがってる? それとも風呂? もしかしたら疲れて寝ているかもしれない。

 とりあえずスマホをポケットに戻し歩き出すと、この寒空の中、襟ぐりの広いアイボリーのセーターにロングスカート姿の女が目に入った。――なんだ? 酔っ払いか? ――いや、酔っ払いは俺か。
 すっかりご陽気になっている俺は、酒の力もあり通り過ぎる一瞬、好奇心からその女の顔を覗き見てしまった。

「あ!」
 俺はおもわず声を上げていた。
 すぐに分かった。数時間前に会ったのだ、間違えるはずがない。

「……」
 雨宮の妹が俺を見た。
「あな、た、さっき、うち、に、いま、した、ね」
「は、は――い、?」
「ッカ、ロ ッ カ」
「……」
 なに? なんだ?
 言葉が不自由なのか?
 よく聞き取れなかった。
「か、いしゃ、ロ ッカ、あけ、て、おね、が」
「……」
 言いたいことがようやくわかった。
 雨宮のロッカーになにかあるのだろう。
「雨宮はどうしたんですか?」
 妹は質問に答えない。寒さにがちがちと歯が鳴っている。
「――ロッカーに案内すればいいんですね?」
 風香さんを苦しめた女を助ける義理はない――、だがこの状況で放置するのも後味が悪い。

 俺は会社の裏手へ回った。雨宮の妹もふらふらと付いてきた。
 警備員に事情を話し、対応してもらうことにした。

 再び、外へ出てスマホを取り出した。

 ……。
 風香さんからの返信はない。それどころかまだ既読が付かなかった。

 ……。
 なにかあったんだろうか。
 ふと、予感のような不安に襲われた。雨宮の妹の姿も気に掛かる。

 俺は踵を返した。
 杞憂ならそれでいいと自分に言い聞かせ、来た道を戻った。
 雨宮の家はここから徒歩なら三、四十分ってとこか。タクシーは……、イブの夜だし無理だろう。
 酔いはすっかり冷めていた。
 俺は走った。そして、焼け落ちた雨宮の家を目の当たりにした。周りには消防車、パトカー、野次馬……

「あっ、栗生さんっ」
「……由真さん?」
 風香さんに頼まれファミレスに料理を取りに行った際、自己紹介をしあった人だった。そんなことより――
「すいません、これ、どういう状況なんですか?」
「風ちゃんが怪我をして」
「えっ!」
「大丈夫です、さっき救急車で病院へ運ばれて」
 ……そういえば、ここへ向かう途中サイレンが鳴っていたような。
「どこの病院ですか?」
「私もそれを聞いてから帰ろうと思ってて」
「行きましょう!」
 俺は由真さんと警察官の元へ走った。
 ……なにがなんだかわからない。俺は相当慌てていたようで、それを横で見ていた由真さんがみるみる冷静になっていった。
 
「栗生さん、大丈夫です! 風ちゃんはすごく“強い子”なんで、信じてください!」
「え」
「明日、一緒に病院へ行きましょう! だから今日は帰りましょう!」
「……は、はい」
 気圧されて、俺は頷いた。



    *

 次の日、俺は由真さんと待ち合わせて風香さんが救急車で運ばれた病院へ行った。

 そして眠っている風香さんの顔を見てようやく――、ほっとして、泣けた。



(栗生編終わり)
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