愛を失う数時間前
優斗はスマホを取り出した。
「由真さんから連絡もらって、ふたりで助けに行ったんです。彼女が未知留と話している間、俺は外から風香さんを探しました。それで部屋の隅で蹲っているのをみつけて。助け出そうと思いましたが未知留の声も聞こえてきて……」
優斗は、未知留の声の調子から危機を察したという。
時間を稼ぐため電気経路を断った。取って返し、風香が隠れている部屋へと向かうも廊下の窓に灯りが映り込んだ。未知留がロウソクを手に、風香を探していた。
優斗は未知留の気を逸らそうと窓を割った。そこへ、由真が呼んだ警察官が到着し、風香を救出すべく一緒に中へ入った。
「……」
風香はただただ、優斗を見た。
由真が訪ねてきた同時刻、優斗も風香の身を案じ必死に探してくれていたなんて……。
「電気を勝手にいじったことはすみません。でも風香さんが危険だったから」
優斗は上目遣いに刑事を見た。
「もちろんダメですよ、ですが家は焼け、証拠はありません。我々は罪を問えないでしょうね」
刑事は諭す口調だが視線は泳がせていた。
「――ありがとうございます」
罪を見逃され、優斗はもじもじしながら礼を言った。
「で、その様子を撮影されたんですね」
優斗が頷く。
「俺も余裕がなくて、ポケットから出したり戻したりしたので見にくいですけど。けど未知留がロウソクを持っていて、風香さんを探し回っていたことは証明できるはずです」
「提出願えますか」
「どうぞ」
スマホは優斗の手から刑事へと渡った。
「……ゆっくん、ありがとう」
優斗のおかげで未知留の卑怯な嘘に煩わされずに済んだ。
胸を撫で下ろしていると刑事が信じられないことを言った。
「どちらにしてもお互い同じくらい負傷されてますし、奥さんが完全な被害者とは言えないところはありますが」
「は……、じゃあ、夫は無罪放免ですか」
風香の心が凍りついた。
あのままやられっぱなしだったら殺されていたかもしれないのに。
「我々も退院を見届けました」
「っ!」
……私はまだ入院してるのに、ちっとも“同じくらい”じゃないじゃない!
風香は歯噛みした。
「ですが、奥さんが羽交い絞めにされていたのを警察官が目撃していますし、通報も奥さんの同僚です。ここに証拠もあるようですから」
刑事は咳払いをした。
「よって、我々はご主人の言い分を100%信じているわけではないということです。今もご主人には尾行を付けています」
「ほ、ほんとですか」
「はい。奥さんのことも我々がしっかり守りますので安心してください」
「……」
ジェットコースターのように気持ちが揺れたせいか涙腺は簡単に緩んだ。
「あのっ、夫のお義父さんに連絡は……」
目尻の涙を拭いながら聞いた。
「そちらはご主人がするそうです」
「そうですか」
まだ一度も会ったことのない義父。その声さえも聞いたことがないことを、今伝えるべきか迷ってしまう。
「……」
花音の言葉が気に掛かっていたが、風香は口を閉ざした。
*
「風香ちゃん、疲れてない?」
「お姉さん」
「フッカちゃん」
「風香さん」
刑事が病室から出ていくと皆が一斉に風香を労った。
「して欲しいことがあればなんでも言って」
「俺も手伝います」
優斗と栗生が家族を気にしつつ早口で言った。
「おい」
父が痺れを切らしたようにずいっと前に出てきた。
「ちゃんと説明しなさい。どういうことだ。勝手に籍を入れたと思ったら一年もせずこんな問題を起こして」
「あなた……」
継母が父を止めた。
「……」
……なにそれ。
「――はあ」
風香はわざと大きく息を吐いた。「たった一回だし」
「!」
眉間を寄せた不機嫌な父に、気持ちのまま悪態をつきたい衝動に突き動かされた。
「私、これまでお父さんに迷惑かけたことあった?」
風香が記憶する限り、学校をズル休みしたことも、問題を起こして親の手を煩わせたこともない。
「それとも私の存在自体が迷惑だった?」
「……なっ」
父は娘の反抗を想定していなかったようで、わかりやすく怯んだ。
風香は遠慮なく言った。
「いつでも出て行っていいからって、子供の頃はよーく言われたわ」
一瞬にしてその場がしん、とした。
「それはっ、おまえがあっちへ行きたいという態度をしてるから……」
「全然してないけど? 追い出されたら行くとこないし、顔色窺うのに必死だったわ」
「……そうだったのか」
動揺する父にとどめを刺した。
「ほんと、『仲良し家族』のふりするのしんどかった」
「――」
「――」
誰も口を開かなくなった。
気まずさが病室に充満し、風香は仕方なく折れた。
「――ごめん。反抗期みたいなこと一度やってみたかったから」
「あ、ああ……」
父が俯いた。
初めての経験だろうそれに、どう返していいのか分からない様子だった。
風香は天井を仰いだ。
……親に逆らうって、どうってことないな
長年のわだかまりが消えたわけではないが、なんだか“憑き物が落ちた”ような、気怠い脱力感があった。
「私も早く退院したいんだけど」
風香は誰に言うでもなく声に出した。
「――今、先生を呼んでくるわね」
継母が現実的なことを言った。弾かれたように姉妹も追いかけていく。三人の後ろ姿がちょっと滑稽で、なんだか可笑しかった。