敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。
走り出した私を、マイケルは今度は止めなかった。
誰も邪魔者が居ないフロアの廊下で止められたら、腹いせにマイケルに禿げの呪いをかけてしまうところだった。毛がふさふさな家系の王太子さま――第二王子くらいならともかく――が若くして禿げてしまうのは外聞がよくないと思うので、止められなくてよかったなと素直に思う。
一番奥の扉の前まで来ると、そこには見知った侍女が待機していて、私を見てあいわかったとばかりに頷き、「ヴィオレッタ様がおいでです」と先ぶれのベルを鳴らしてくれた。
侍女が変な顔をしていた気がするけれども、そんなことは気にならない。
「アイリス姉さま!」
私はドアマンが扉を開けると同時に、部屋の中に飛び込んで叫んだ。
美しい部屋だ。
外壁側の壁はすべてガラスで覆われていて、地上十階の景色を広く見渡すことができる。
大きな寝台が二つ揃っているのは仕様なのだろう。
シックな色合いの高級な革張りソファ、大理石の床には美しい毛並みのじゅうたんが敷かれ、高級感と上品さを兼ね備えた落ち着いた雰囲気の室内だった。
調度品も美しく気品があり、銀製の手持ちランプや観葉植物、美しい茶器に鎧のオブジェなど、目を楽しませる趣向が凝らされている。
しかし、肝心のアイリス姉さまが居ない。
キョロキョロと周りを見渡すけれども、人が居ないのだ。
心細くなって、もう一度室内を見渡したところで、待ち望んだ声が聞こえた。