私の運命の人
翌日は日曜日で、私は二ヶ月ぶりに埼玉の祖母の家を訪れた。

「いらっしゃい、優里。学校はどう? もう慣れた?」
「うん、思ったより順調でホッとしてる。おばあちゃんは、具合どう?」
「ぼちぼちよ」

来る途中に買ってきたお弁当を食べながら、私はいつもの癖で斜め向かいの家に目をやった。
私の思い出の中で、この家だけが唯一ちぐはぐだった。

(本当はとてもすてきな洋館が建っていたのに)

いっくんの雰囲気に合う、気品に溢れたすてきなお屋敷だった。

「そうそう、優里。ちょっと頼みごとしてもいい?」

物思いにふけっていた私は、「なあに?」と祖母を振り返る。

「庭の物置を整理したくてね。私もいつまで元気でいられるかわからないし」
「そんな寂しいこと言わないで。でもそうね、力仕事だもんね。うん、私がやるよ」
「ありがとう」

食後のお茶を飲むと、早速庭に下りて物置を開けた。
埃っぽい空気に、思わず顔をそむけて目を細める。
しばらく換気してから中に足を踏み入れた。

「取り敢えず片っ端から出しちゃっていい? いらないものは処分して、使う物だけまたしまう感じで」
「そうね、お願い」

私はストーブや脚立、草刈り機やほうきなどを次々と物置の外に並べた。
祖母はそれを、いる物といらない物に分けていく。
すると透明のビニールに覆われたガラスの水槽が出て来た。中にポンプも入っている。

「おばあちゃん、これっていっくんのじゃない?」
「あっ、そうなの! 返さなきゃと思ってるんだけど、連絡先もわからないしねえ」
「そうだね、どうしよう」

夏祭りの金魚すくいでいっくんがすくってくれた五匹の金魚のうち、四匹は数年で次々と死んでしまったけれど、わっくんと名づけた金魚だけは十二年、私が高校二年生の夏まで元気に生きてくれた。
そのあとに水槽をきれいに洗っておいたが、いっくんに連絡が取れなくて返せないでいる。

「このまま持っておくしかないよね。いつか返せるといいんだけど」
「そうね。まあ、どうしてもとなれば連絡つかないこともないけど、そこまでのことでもない気がするし」

祖母が呟くように言った言葉に、私は「ん?」と首をひねった。

「おばあちゃん、いっくんと連絡取れるの?」
「坊ちゃんとは無理よ。だけどほら、生田製薬の御曹司だから、いざとなればね」
「……え? 生田製薬?」

思ってもみなかった話に、私は目をしばたたかせる。

「あら、知らなかった? 埼玉に大きな製薬会社の工場と研究所があるでしょ?」
「うん、生田製薬の。え、待って。いっくんって生田製薬の跡継ぎなの?」
「そうよ。気さくな方だけど、すごいお家柄の坊ちゃんだったのよ。お屋敷も大きくて立派だったでしょ?」
「確かに。そうだったんだ、知らなかった……」

もはや呆然としてしまう。
五歳の私に「ゆりちゃん」と優しく接してくれたいっくんが、まさかそんな人だったなんて。

「じゃあ今は生田製薬の副社長くらいになってるんじゃない?」
「どうかしらね」

私は早速生田製薬のホームページを見てみた。

「あれ? 会長の名前は生田だけど、社長や副社長は全然違う名字のおじさんだね」
「あら、ほんと」

ほかの役員の名前も見てみたが、生田の名字は見つからなかった。

「まだ若いから、第一線の社員なのかもね。研究員とか?」
「そうね、なんだか想像つくわ」
「うん。いっくんならすごい薬を開発してくれそう」

そう話してから、もう一度水槽に目をやる。
この為に生田製薬に連絡をするのはやはり気が引け、もうしばらく預かって様子を見ることにした。
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