気難しい売れっ子作家の契約妻になりました 〜私にだけは、心を開いているそうですが……?〜
七時になると、レジに入る。ちょうど値引きシール目当ての惣菜ラッシュが落ち着いた頃で、店内も少し静かになる。
「お疲れ様っ。陽奈ちゃんっ」
仕事終わりの会社員が多く、みんな早く済ませたがっているのだが、たまにこういう人もいる。親しげに名を呼ぶが、この人は知り合いでもなんでもない。このスーパーの名札はフルネームで表記されるため、覚えられてしまうのだ。
「こ……こんばんは〜いつもありがとうございます」
「へへっ。いつもなんて言ってくれるなんて、俺のこと覚えてくれてるんだ〜」
ニタニタと笑みを浮かべられると、表情が引きつってしまう。ちなみに、『いつもありがとうございます』というのはマニュアルの文言で、私はこのおじさんのことなんて、微塵も覚えてない。けれど、接客業のため、余計なことはいえずただニコニコするしかない。
「五百九十八円になります」
「はいはーいっと」
レジを打ち終えて金額を伝えると、財布から千円出され、それを機械に入れる。自動精算機のため、釣り銭を間違えることはない。ジャラジャラと小銭が出てきて、それをレシートに乗せ、手渡しをする。
「っ……!」
そう。本来ならこれで終わりなのだがーーおじさんの中で稀にいるのが、お釣りを渡す手をぎゅっと握るのだ。汗ばんだ生ぬるい体温にぞくぞくと背筋が凍る。

