婚約者の溺愛が重すぎて、普通の恋ができません!
そういえば、私はこれまで何度も京志郎の胸ぐらを掴んだり、首根っこを押さえたり、この前だって倉庫の壁に思いきり押しつけたりしているけれど、京志郎から力で抵抗された記憶が一度もない。
いつだって私が一方的に掴んで、押して、引っ張って、怒鳴りつけているのに、京志郎はやられっぱなしで、せいぜい困ったように笑うくらいだ。
もしかして……京志郎って、かなり非力なんだろうか。
そうだ、きっとそうに違いない。
医者といってもアイツの場合は、心臓血管外科医だから力が強いとは限らないし、医師になるため、昔から勉強ばかりしていた男なのだから、見た目よりずっと力がない可能性だって十分にある。
――だから私は、京志郎を男として見られないんだろうか……。
そこまで考えて首を横に振った。
いや。違う。
力が強いとか弱いとか、それ以前の問題だ。
物心ついたころには当然のように私の隣にいて、婚約者を名乗り、私の恋愛をことごとく邪魔した。
とうとう新幹線で逃げた先の会社にまで追いかけてきた男を、今さら恋愛対象として見られるはずがない。
「ほんと、真白といるといつも京志郎さんの話ばっかよね。案外、私は、真白のほうが京志郎さんを好きだと思ってるから、京志郎さんに頼まれれば協力してるだけよ」
優菜がアイスカフェラテのストローをくるくる回しながら何気なく放った言葉に、私は背筋が寒くなるほどぞっとした。
なぜなら、それは優菜だけではなく、私の両親にも昔から何度となく言われてきたことである。
そのたびに全力で否定しているのに、なぜか誰ひとりとして信じてくれないのだ。
そんなはずはない。天地神明に誓っても、八百万の神々に誓っても、そこらじゅうの神様や仏様を片っ端から集めて証人にしても、絶対にない。
「私はあんななヤバいやつに興味ないの! それに、京志郎と男女の関係になることは絶対ない! 京志郎に恋なんて絶対しないし! 私は、今の環境で、好きな人を見つけて、悪しきこの政略結婚をぶっ潰すんだから!」
「はいはい。まぁ、一応がんばって」
「一応ってなによ!」
「別に。ただ、真白がそこまで言うなら、素敵な人が見つかるといいねって思っただけ」
「その顔、絶対思ってないでしょ!」
優菜は否定する代わりにストローへ口をつけ、笑いを堪えるように目を逸らした。
なによ、その〝どうせ無理でしょ〟みたいな空気は。
私はこれまでだって、自分でやると決めたことはちゃんとやってきたし、今回だって家を出ると決めて、本当に東京から逃げて、一人暮らしまで実現させたのだ。
だったら恋愛だってできる。
京志郎ではない誰かを好きになって、ちゃんと恋をして、最終的には親たちが勝手に決めたあのふざけた婚約だって解消してみせる。
このときの私は、わりと本気でそう思っていた。