婚約者の溺愛が重すぎて、普通の恋ができません!
 それからというもの、私は京志郎の所属する5階の健康管理センターには一度たりとも立ち寄らず、用事があってもできる限りそのフロアを避けていた。
 おかげで、会社の中で鉢合わせることなく平穏な日々だ。

 とはいえ、同じ建物のどこかにアイツがいると思うだけで、ふとした瞬間に腹の底から怒りが込み上げてくる。

 そんな矢先のことだった。

「今週末、歓迎会があるんだけど、参加できるかな?」

 声をかけてきたのは、総務部総務課の係長で、派遣社員としてやって来たばかりの私に仕事を一から教えてくれた、この会社で一番信頼している上司だった。

「歓迎会、ですか?」
「そう、高槻先生の」
「アイツか……」

 思わず本音が口から漏れてしまう。
係長が一瞬きょとんと目を瞬かせたのを見て、私は慌ててなんでもありませんと誤魔化した。

「私は遠慮しておきます」
「それが、当の高槻先生が、小宮山さんが来るならって言うんだよね。地元が一緒なんだって?」
「いらないことを言いやがって……」

 再び怒りが込み上げてきたものの、どうやら婚約者だということまでは話していないらしく、その一点についてだけは胸を撫で下ろした。

「お願い。産業医もなかなかなり手がいなくてね。あの先生は優秀だからって、もう人事も経営陣まで離したがらなくて」
「そんなに評判いいんですか?」
「そりゃあね。若いのに心臓血管外科で手術もしてる先生だから、かなりきつい感じなのかと思ったら、物腰柔らかで、内科も診れるっていうし、これがまた的確だしでさ。そんな先生が産業医として来てくれるなんてありがたいって上は喜んでるよ」
「へえ……」

 どうしてアイツはどこへ行っても、こうやって簡単にもてはやされるのだろう。全然、納得がいかない。
 早くみんなあの爽やかな笑顔の裏に隠された本性に気づけばいいのに……。

 とはいえ、係長にはここにきてから本当にお世話になっているし、歓迎会ひとつを断ることで彼を困らせるのも申し訳ない。

「……分かりました。行きます」
「よかった。ありがとね」
「ただ、私、高槻先生とは離れた席でお願いします」
「え? ああ、うん。仲悪いの?」
「ものすごく」
「そ、そうなんだ……」

 係長は戸惑いながらも笑ってくれたので、これ以上困らせずに済んだことに私もほっとした。
 そして、どうせ参加することになったのなら楽しんでしまえばいいと気持ちを切り替える。

 そうだ。
 考えてみれば、会社の飲み会なんて、これまで私が憧れていた〝普通の社会人生活〟そのものではないか。

 しかも普段は仕事の話しかしない男性社員ともゆっくり話せるのだから、もしかすると、こういうところから恋が始まったりするのかもしれない。
 そう考えれば、途端に歓迎会が楽しみになった。
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