海色の恋〜冷徹社長の甘い愛に染められて〜
「なんです?」

「袖が濡れるぞ」

そう言うと、時透社長は私の後ろに回った。そして、そっと私の袖をまくっていく。近い。というか、この人。無表情のまま、どうしてこんなに自然に距離を詰めてくるんだろう。こんなイケメンがすぐそばにいたら、普通にドキドキしてしまう。なんとか平静を装って、お礼を言う。食器を洗い終えてから時透社長がコーヒーを淹れてくれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

カップを受け取って、ふと中を覗き込む。ミルクで描かれたラテアート。可愛らしいハートから、細い茎のようなものが伸びている。

「これ、チューリップですか?」

「ああ」

「可愛い」

じっと眺めていると、ふと別のものに見えてきた。

「あ。でも、ミルクが混ざって…イルカが泳いでるみたいにも見えますね」

思わず、ふふっと笑う。

「イルカか」

時透社長もカップを覗き込む。

「なるほど…君は、物語で景色を見ているんだな」

そう言って、柔らかく笑った。その言葉と表情に昔の記憶がふっと蘇った。
――美月は、形じゃなくて物語で景色を見てるみたいだね。

「それ、昔言われたことがあります」

口にすると、胸の奥が少しだけ温かくなる。

「彼氏か?」

時透社長の声が、少しだけ低くなった気がした。私は小さく頷く。

「元彼ですね」

少しだけ笑ってから、続けた。

「大好きな人でした」

「どうして別れたんだ?」

「別れたっていうより……」

言葉を探して、視線を落とす。

「もう、いないんです。交通事故で亡くなって」

コーヒーカップをそっと両手で包み込む。あたたかな湯気が、ゆっくりと立ちのぼっていく。静かな部屋に、私の声だけが落ちた。

「すまない」

申し訳なさそうに、時透社長が目を伏せる。長い睫毛が影を落とした。

「いえいえ!」

慌てて顔を上げる。

「別に、そんなに引きずっているわけじゃないですから」

そう言って、笑ってみせる。

「もちろん、すごく悲しかったですけど。ちゃんと前に進んでいるつもりですから」

本当に、もう大丈夫。私はちゃんと前を向いている。そう思っているはずなのに。時透社長は何も言わず、しばらく私を見つめていた。その視線が、なぜか胸の奥に引っかかる。やがて、小さく息を吐いて口を開いた。
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