海色の恋〜冷徹社長の甘い愛に染められて〜
「なんだ……君は」

さっきまでの勢いはどこへやら、男はうろたえた様子で震え始めた。

「あの、ふわふわした可愛い七海さんはどこに……」

「私、そんなにふわふわしたお淑やか系じゃないんです」

髪をかきあげ、思わずため息をつく。

「もともとは、表情筋が死んでるって言われるくらい、無表情のほうが得意なんですよ」

だけど彼を亡くしてから、私は決めた。

「誰かの記憶に残るなら、可愛く笑ってたほうがいいでしょ?」

だから、笑うようになった。できるだけ毎日。悲しいことがあっても、寂しいことがあっても。

「だけど、あんたの記憶には残らなくていい」

私は男をまっすぐに見据えた。

「悪いけど、もう付きまとわないでくれる?」

そう言い切った、その瞬間だった。

「ふざけるな! 騙しやがって!」

男が逆上し、こちらに手を振り上げる。まずい。勢いに任せて、言いすぎたかもしれない。そう思った次の瞬間。

「いい加減にしてくれ」

聞き慣れた低い声が響いた。時透社長が男の手首をつかみ、振り下ろそうとした腕を押さえ込む。そして、私を背にするように一歩前へ出た。

「彼女は俺の大切な人なんだ」

「……え?」

時透社長の背中が、私の視界を遮る。

「君には渡したくない。いや、誰にも渡すつもりはないがな」

な、何を言ってるの、この人。

「彼女への付きまといに加えて、先日のコーヒーの件もある。暴行や器物損壊に問われる可能性があることは、理解しているかな?」

時透社長は男を見据えたまま、淡々と告げた。男はすっかり放心していた。

「そうだ。報復なんて考えないほうがいい。彼女を守るためなら、俺はどんな権力を使ってでも君を潰すからね」

静かに告げられた言葉には、有無を言わせない迫力があった。ほどなくして駆けつけた警備員に男が連れていかれ、その場には私と時透社長だけが残された。

「あ、あの……ありがとうございます」

「ああ」

時透社長は、何事もなかったかのように答えた。大切な人とは? 恋愛的な意味ではないよね。決して。きっと、私の感性を気に入ってくれているとか、そういう意味だ。わかってる。わかってるけど――。私の前に立ち、迷いなく守ってくれた彼の姿が、いつまでも頭から離れない。そして私は、もう自分の気持ちを誤魔化せなかった。私は、時透社長が好きだ。
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