閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~

11 尊敬できるひと

「このアンケートが残っているのも、日下部さんが用紙の補充を欠かさないからだ」
「そんな! 私だけの仕事じゃないです。これは外来クラークみんなに頂いた評価ですよ」

 自分でそう口にしつつも、まるでこの賛辞をひとりじめしている気持ちになってしまい、なんだかくすぐったい。

「これこそが委員長補佐に推挙する根拠なわけだ」
「……へ?」
「受付は病院の顔。様々な立場の人間が集まる情報の集積地だ。きみはそこで働いているだけで数え切れない情報に触れているだろう」
「情報……って」

 感動していたところに現実がずしんと音を立ててのしかかってくる。
 真綿でくるんでから思いっきり引き絞るのが、永緒先生の癖なのだろうか。
 穏やかでないワードチョイスを食らって、言い返すこともできない。

「ふとした時に漏れる患者さんからの愚痴。業者対応している時にこぼされる医師への評価。休憩中のスタッフのひとりごと。意識していないだけで、きみの日常を取り巻いているのは俺からすれば宝の山だ」

 永緒先生が挙げてくれたものには、どれも覚えがあった。
 相槌を打って聞き流したり、見ざる言わざる聞かざるを決め込んだり、はたまた有難くも他山の石としてきたものもある。
 これが――宝の山?

「千丈の堤も蟻の一穴。言い換えれば、蟻の一穴のうちに塞いでしまえば堤は磐石でいられる。俺はくすのきメディカルセンターを蟻の巣穴にするつもりはないんだ」

 そう言い切った永緒先生の眉間には、これまた深いシワが刻まれていた。
 だけど、それは単に近寄りがたさを感じる壁ではなく、堅固な信念を感じさせる決意表明にも似ている。
 永緒先生がここまで守ろうとするこの場所には、彼にとって大切なものが、ひとが、思い出が溢れているのだろう。
 私にとってはただの職場。
 だけど、永緒先生にとってはかけがえのない場所なのだ。

「……わかりました」

 感化された、のだと思う。

「私の外来クラークとしての仕事が評価されているのなら、微力ですがお力添えします」
「そうか」

 そうはっきりと口に出したことで、永緒先生の表情が和らいだ。

「永緒先生の視点で見れば、日常業務の見方も変わりそうで新鮮です」
「その向上心もきみの美徳のひとつだな。では、これからよろしく頼む。日下部委員長補佐」

 す、と差し出された手は握手の合図。
 大きくて骨ばった手にそっと自分の手を重ねれば、意外なほどにふんわりと包まれるような握手をされた。
 熱くて、柔らかい手のひら。
 それは閻魔様と呼ばれる冷徹な永緒先生の素顔を、言葉より雄弁に語っていた。

「わからないことだらけですが、よろしくお願いします」

 ――かぴのすけ愛好者の一員としても。
 最後の本音だけは隠して、そっと手を握り返した。
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