閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~

13 目が回る!

「就任して一週間。どうだったかな。委員長補佐の肩書きは」

 今日は定期報告会だ。
 永緒先生の部屋に入れば、書類整理の手を止めてくれた。

「傘立てをもうひとつ、購入できませんか? 小さなものでいいんです」
「は?」

 出し抜けにそんなことを言ったものだから、さすがの永緒先生も面食らったらしい。確かに順番がめちゃくちゃだったと気づいて咳払いをした。

「ええと、先日……」

 杖を倒して難儀していた患者さんのことを話す。頷いていた永緒先生が、合点がいったという表情を浮かべた。

「ああ、それで傘立てを臨時の杖置きにしようというわけか」
「そうなんです。受付カウンターには杖ホルダーを設置してありますが、入口だとそういうものが無くて」

 車椅子でも出入りしやすいように余計なものを置かずにいることが、かえって一部の患者さんへの不便を生み出している。
 永緒先生は顎の下を擦りながら「わかった」と色良い返事をくれた。

「対応する。気づいてくれてありがとう」
「いえ。よろしくお願いします」

 永緒先生がさらさらとメモを取るのを見つめながら、考えを巡らせる。

 そうだ。手配が間に合うまでの間、ラップの芯で代用できないかな。
 でも杖を差し込むには直径が狭いかもしれない。切れ込みを入れてみたらどうだろう? でもラップの芯って結構硬いし……いや、あの継ぎ目に沿って切ればいけるのかな。

「あの、永緒先生っ! ラップの芯って切ったことありますか!」

 立て続けに二度もとんちんかんなことを言ってしまった。

「きみの思考回路はどうなっているんだ……」
「すみませんすみません、今後はもっと頭の中を整理してから喋りますので」

 我ながらマヌケが過ぎる。ぺこぺこ頭を下げているけど、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ。
 高速ししおどしまがいの上下運動を止めてくれたのは、永緒先生の「わかった」というひと言だった。

「外来クラークとして以上に、きみは優秀だとよくわかった」
「……へ?」

 てっきり皮肉かと思ったけれど、永緒先生はそんな回りくどいことを言うタイプではない。
 簡潔明瞭、最短距離を目指す効率化の鬼なのだから。
 それにしてもこの流れでお褒めの言葉なんて、永緒先生はどれだけ懐が深いのだろう。

「俺の采配に間違いがなかった。いや、それ以上だと思わせてくれたな。礼を言う」
「そ、それは過分な評価でして……」
「卑下するな。就任直後からめざましい働きぶりだ」

 こ、これってどういうこと? 永緒先生って部下を褒めて育てる系にシフトチェンジしたの?

 院内をゆっくり見回っている時の、あの厳しい視線が嘘のようだ。だって、今の永緒先生は口元に笑みすら湛えている。

「月末に委員会が開催される。これは楠院長も出席される大切なものだ。きみも出席してくれ」
「えっ!?」

 院長も!?
 確かに病院運営に関しての委員会なのだから、主催が永緒先生とはいえ院長が顔を出すのは当たり前だ。
 だけど、院長なんて普段の生活でほとんどお目にかかったことがない。
 そんな場所で、私にいったい何をさせようっていうの?
 はいともいいえとも言えずに固まっていると、永緒先生は何かに気づいたように「ああ」と声を上げた。

「もちろん、時間外手当は出す。前もって申請しておけば手続きも早い。待っていろ。今、俺が書ける所は書いておこう」

 引き出しから用紙を出した永緒先生はさらさらとペンを走らせる。

 こちらから言いにくいことをてきぱき処理してくれるのは有難いけれど、でも、そういうことじゃないっ!

「わ、私、院内の委員会に出たことなんてなくて」
「そうだろうな。一般的な会社の会議をイメージしてくれれば構わない」

 そう言われて、ドラマや映画で観たものを思い起こす。
 いろいろと報告したり、検討したり、追い詰めたり問い詰められたりするやつだよね。
 権謀術数渦巻く院内政治が繰り広げられる劇場で……。

「……きみの表情で何を考えているか見当がついた。そんなにドラマチックではない。普通だ。退屈だ。きみという新顔がいるから多少は新鮮だろうが」
「わ、私が皆様の的になるのですか」
「顔見せだけだ。別にそこでプレゼンしろとは言っていない。きみが希望するなら、杖ホルダーの件も自分でプレゼンするか? バックアップするぞ」

 恐ろしいことを言われて慌てて首を横に振った。
 滅相もない!

「……埒が明かないか」

 ふう、とため息をついた永緒先生は私を見据える。閻魔様ではない、上司の顔だ。

「日下部唯さん。院内事故調査委員長として、補佐に委員会への出席を命じる」

 う。
 言い訳が言葉の矢に射止められた。
 じたばたともがくそれがやがて地に落ちる。

「月末のシフトを調整しておく」
「はい……」

 な、なんだかとんでもないことが続いている気がするんだけど?
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