閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~
15 噛み合わない歯車
永緒先生の運転はスマートだった。
お手本のようななめらかな走行。ウィンドウの向こう側が夜に溶け去っていく。
街灯や家の灯りがオレンジの線を描いていくのを見つめていると「そういえば」と声をかけられた。
「きみが毎日見ている犬の――」
「ポメちゃんです?」
「ポ、ポメ……?」
珍しく言い淀んだ永緒先生に、「ポメラニアンです」と略さずに言えば「そうか」とそっけなく返された。
可愛いもの好きなのに、犬種には疎いんだろうか。ちょっと意外。
「それに似ているものを見つけた」
信号が赤になる。停止した車内で、永緒先生はダッシュボードから小さな何かを取り出した。
「日下部さんに進呈しよう」
「は、はい」
恭しく両手を差し出せば、手のひらに押し付けるようにしてそれが手渡される。
「……わあ」
ベージュの丸いファーだった。申し訳程度にキーチェーンがついている。
……ポメちゃんに、似ている? これが?
「永緒先生って……推し活は概念グッズ派ですか」
「はあ?」
「推しそのものではなく、イメージさせるモチーフとかを好む人のことなんですけど」
「……すまない、たまに日下部さんの言っていることは俺の理解を超える」
信号が青になる。
対向車のヘッドライトに照らされた永緒先生の横顔には、深い眉間のシワがあった。
「ふふ」
可愛いもの好きかと思いきや、とんちんかんなセンスを見せるなんて、永緒先生はもしかして天然かもしれない。
シゴデキさんがふと見せる、抜けた一面にきゅんとする漫画なんて山ほどあるけど、まさか現実でお目にかかれるとは思わなかった。
見た目はクールにふるまっているけれど、素顔には隙があるなんてますますかぴのすけみたい。
「可愛い」
ぽろりと漏れたそのひとことにはっと我に返る。
私、今、なにを口走った!?
「気に入ってくれたならそれでいい」
平然と返す永緒先生。そうか、このファーを可愛いと思ってるって勘違いしてくれたのか。
それならいいけど……。
そのあとは、ぽつりぽつりと当たり障りのない会話になった。
かぴのすけ好き同士、かぴのすけについて語りたかったけれど永緒先生は運転中だ。雑音になるわけにはいかない。
大手カフェのチェーン店前を通り過ぎると、旬のイケメン俳優を起用した季節限定ドリンクの看板がきらきらと光っていた。うーん、興味はあるけどカロリーを考えると軽い気持ちで手を出せない。
「……ああいうのが好みか」
「へ?」
びっくりした。永緒先生が私の視線の先を見てたなんて。
「やけに眺めていたようだから」
「……ええ、よく見かけますし興味はありますけど」
「ああいうのは万人受けを狙うからな」
「でも、次々に新しいのが出ますからね。そのたびに追ってたら体が持ちませんって。気が向く時だけがちょうどいいです」
ああいうのは甘くて美味しいぶんだけカロリーが怖い。一時の美味しさに流されたら負けだ。
「ずいぶんドライだな。ぬいぐるみには目の色を変えて飛びつくが、生身の人間にはそうでもないのか?」
「モノとして残るぬいぐるみと、飲んでおしまいのドリンクじゃスタンスが違います。いろいろと数字も馬鹿になりませんし……」
「…………ん?」
永緒先生がなにか言おうとして口ごもった。
生身の人間?
なにか食い違ってる気がする。
「……あの」
「なんだ」
「限定ドリンクの話、ですよね?」
そう尋ねると、また次のチェーン店の前を通り過ぎる。
もう一度とらえた視界の端にはイケメン俳優の姿があった。
もしかして、永緒先生が話題にしていたのって、俳優のほう?
「…………道理で噛み合わないと思った」
「すみません……!」
目的語なしで話が成り立ってしまう日本語が恐ろしい。
いや、恐ろしいのは私のとんちんかん具合だ。
「あ、あの。てっきり季節のドリンクだと思って。あの俳優さんはイケメンですがタイプではないです。ドリンクと天秤にかけたらドリンクが勝つかなって」
苦し紛れにめちゃくちゃなこと言ってる気がする。
「なら、天秤に乗るのが俺だったら?」
「そりゃ永緒先生ですよ。クールでスマート。こうして送ってくださる優しいところもありますし、何よりかぴのすけ好きの同志ですか、ら」
すらすらと出てきた言葉には嘘は無い。
だって永緒先生は森野さんから私を守ってくれた。
笑うと意外とチャーミングで、普段はちょっぴ怖いけどかぴのすけ好きなんて可愛いところがあって、なのにポメラニアンを知らなかったりと抜けてるところは親近感湧くし、見ず知らずのイケメン俳優より、ずっと、ずっと……。
そこまで口走らなかったのは、私にしては上出来だった。
そっと永緒先生を見上げる。薄暗い車内でも耳が赤く見えたのは、きっと見間違いではない。
だんだん車が減速していく。それに伴って車窓に見える風景が見知った住宅街になっていることに気づいた。
キッとブレーキをかけた永緒先生はこちらを見る。もう耳は赤くなっていなかった。
「誘導尋問のような真似をしてすまない」
「い、いえ。私の方こそおしゃべりが止まらなくて、うるさくてすみませんでした」
「いや。日下部さんと話しているといい刺激になる。普段は凝り固まったやつらばかり相手にしているからな」
それは私の話が支離滅裂だということでは!?
褒められているのか貶されているのかわからない評価に、どう頷けばいいのかわからず固まる。
永緒先生がシートベルトを外した。そうか、もう私の家まで着いたんだった。
私もシートベルトを外して身支度を整えていると、ふと気づく。
どうして永緒先生まで外したんだろう?
お手本のようななめらかな走行。ウィンドウの向こう側が夜に溶け去っていく。
街灯や家の灯りがオレンジの線を描いていくのを見つめていると「そういえば」と声をかけられた。
「きみが毎日見ている犬の――」
「ポメちゃんです?」
「ポ、ポメ……?」
珍しく言い淀んだ永緒先生に、「ポメラニアンです」と略さずに言えば「そうか」とそっけなく返された。
可愛いもの好きなのに、犬種には疎いんだろうか。ちょっと意外。
「それに似ているものを見つけた」
信号が赤になる。停止した車内で、永緒先生はダッシュボードから小さな何かを取り出した。
「日下部さんに進呈しよう」
「は、はい」
恭しく両手を差し出せば、手のひらに押し付けるようにしてそれが手渡される。
「……わあ」
ベージュの丸いファーだった。申し訳程度にキーチェーンがついている。
……ポメちゃんに、似ている? これが?
「永緒先生って……推し活は概念グッズ派ですか」
「はあ?」
「推しそのものではなく、イメージさせるモチーフとかを好む人のことなんですけど」
「……すまない、たまに日下部さんの言っていることは俺の理解を超える」
信号が青になる。
対向車のヘッドライトに照らされた永緒先生の横顔には、深い眉間のシワがあった。
「ふふ」
可愛いもの好きかと思いきや、とんちんかんなセンスを見せるなんて、永緒先生はもしかして天然かもしれない。
シゴデキさんがふと見せる、抜けた一面にきゅんとする漫画なんて山ほどあるけど、まさか現実でお目にかかれるとは思わなかった。
見た目はクールにふるまっているけれど、素顔には隙があるなんてますますかぴのすけみたい。
「可愛い」
ぽろりと漏れたそのひとことにはっと我に返る。
私、今、なにを口走った!?
「気に入ってくれたならそれでいい」
平然と返す永緒先生。そうか、このファーを可愛いと思ってるって勘違いしてくれたのか。
それならいいけど……。
そのあとは、ぽつりぽつりと当たり障りのない会話になった。
かぴのすけ好き同士、かぴのすけについて語りたかったけれど永緒先生は運転中だ。雑音になるわけにはいかない。
大手カフェのチェーン店前を通り過ぎると、旬のイケメン俳優を起用した季節限定ドリンクの看板がきらきらと光っていた。うーん、興味はあるけどカロリーを考えると軽い気持ちで手を出せない。
「……ああいうのが好みか」
「へ?」
びっくりした。永緒先生が私の視線の先を見てたなんて。
「やけに眺めていたようだから」
「……ええ、よく見かけますし興味はありますけど」
「ああいうのは万人受けを狙うからな」
「でも、次々に新しいのが出ますからね。そのたびに追ってたら体が持ちませんって。気が向く時だけがちょうどいいです」
ああいうのは甘くて美味しいぶんだけカロリーが怖い。一時の美味しさに流されたら負けだ。
「ずいぶんドライだな。ぬいぐるみには目の色を変えて飛びつくが、生身の人間にはそうでもないのか?」
「モノとして残るぬいぐるみと、飲んでおしまいのドリンクじゃスタンスが違います。いろいろと数字も馬鹿になりませんし……」
「…………ん?」
永緒先生がなにか言おうとして口ごもった。
生身の人間?
なにか食い違ってる気がする。
「……あの」
「なんだ」
「限定ドリンクの話、ですよね?」
そう尋ねると、また次のチェーン店の前を通り過ぎる。
もう一度とらえた視界の端にはイケメン俳優の姿があった。
もしかして、永緒先生が話題にしていたのって、俳優のほう?
「…………道理で噛み合わないと思った」
「すみません……!」
目的語なしで話が成り立ってしまう日本語が恐ろしい。
いや、恐ろしいのは私のとんちんかん具合だ。
「あ、あの。てっきり季節のドリンクだと思って。あの俳優さんはイケメンですがタイプではないです。ドリンクと天秤にかけたらドリンクが勝つかなって」
苦し紛れにめちゃくちゃなこと言ってる気がする。
「なら、天秤に乗るのが俺だったら?」
「そりゃ永緒先生ですよ。クールでスマート。こうして送ってくださる優しいところもありますし、何よりかぴのすけ好きの同志ですか、ら」
すらすらと出てきた言葉には嘘は無い。
だって永緒先生は森野さんから私を守ってくれた。
笑うと意外とチャーミングで、普段はちょっぴ怖いけどかぴのすけ好きなんて可愛いところがあって、なのにポメラニアンを知らなかったりと抜けてるところは親近感湧くし、見ず知らずのイケメン俳優より、ずっと、ずっと……。
そこまで口走らなかったのは、私にしては上出来だった。
そっと永緒先生を見上げる。薄暗い車内でも耳が赤く見えたのは、きっと見間違いではない。
だんだん車が減速していく。それに伴って車窓に見える風景が見知った住宅街になっていることに気づいた。
キッとブレーキをかけた永緒先生はこちらを見る。もう耳は赤くなっていなかった。
「誘導尋問のような真似をしてすまない」
「い、いえ。私の方こそおしゃべりが止まらなくて、うるさくてすみませんでした」
「いや。日下部さんと話しているといい刺激になる。普段は凝り固まったやつらばかり相手にしているからな」
それは私の話が支離滅裂だということでは!?
褒められているのか貶されているのかわからない評価に、どう頷けばいいのかわからず固まる。
永緒先生がシートベルトを外した。そうか、もう私の家まで着いたんだった。
私もシートベルトを外して身支度を整えていると、ふと気づく。
どうして永緒先生まで外したんだろう?