閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~

3 楠閣下の閻魔様

 永緒先生──永緒 柊弥(ながお とうや)先生は、医師でありくすのきメディカルセンターの監査役だ。
 医療過誤やヒヤリハットといった事例の蒐集はもちろん、職員の業務環境の改善まで手広くカバーするその手腕と、水も漏らさぬその完璧主義な仕事ぶりは楠(くすのき)院長の信頼も厚い。
 そしてついたあだ名は「楠閣下の閻魔様」なんてぴったりすぎだ。

「日下部さん、閻魔様にイビられてたんでしょ。私もううんざり! パワハラで訴えない?」

 さっそくモニタから目を離してそっくり返った森野さんが、上目遣いで睨め付けてくる。

 ……いやだなあ、こういうの。

 下手に森野さんを刺激したくないし、かと言って永緒先生を訴えるなんて大事にもしたくない。
 どうやり過ごそうか必死に考えていると、自動ドアが開く音がした。

「予約していた者ですが……」

 助かった! 来院予定の患者さんだ。

 ぱっと森野さんに背を向けて患者さんの対応に入る。予約時間より早く来てすみませんと背を丸めていらっしゃるけれど、こちらにとっては救いの神だ。

「時間に余裕を持ってきてくださって助かります。こちらにおかけになってお待ちくださいね」

 笑顔三割増しでご案内すれば、患者さんもほっとした表情を見せてくれて、お互いにほのぼのしてしまった。
 その後ろでは別の患者さんも来院されて、森野さんが対応している。
 これで話題がすぐに蒸し返されることはないだろう。

「ああ、日下部さん。ちょうどいいところに」
「はい、なんでしょう」

 孫におやつでもあげるような仕草で手招きをしてきたのは、ベテランドクターの古川先生だ。さっと足を向けると、人好きのする笑顔でどさりとカルテを手渡された。

「いつもの。急ぎじゃないから。すまんね」
「はぁい……」

 電子カルテが導入されて久しいけれど、使いこなせるドクターとそうでないドクターの差はなかなか埋まらない。
 代替案として手書きカルテをスキャンしてデータ化し、仕分けするという地味かつ面倒……煩雑な作業が必要なのだ。
 紙の重みで腕は震えているけれど、これで大手を振って森野さんから離れられる。

「わかりました! やっておきます」
「いい返事だ。いつもありがとうね」

 文字通り肩の荷が下りた古川先生は、白衣のポケットをごそごそと漁った手をカルテの上にぽんと乗せた。

「閻魔様には内緒だよ。彼、カルテの近代化周りもうるさいからねえ」
「あ……はは……」

 個包装のクッキーふたつとごま煎餅で買収か……秘密の重さと私の労力、天秤にかけた時のレートはどうなっているんだろうか。

 森野さんにスキャン作業で席を外すと伝えれば、「閻魔様の次はじーちゃん先生なんて、日下部さんたら厄日ね」と鼻で笑われて追い出された。
 確かにこの量は時間がかかりそうだ。
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