閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~
4 無観客のはずだったのに!
ひとりきりの事務室で、ホチキス留めされている紙カルテをバラしてからスキャン作業を始める。
ひとつひとつの工程を順序良く進めていくうちに、体の中にリズムが生まれてくる。
「〜♪」
頭の中から漏れ出てきたメロディを纏って、指先がホチキスの針と踊る。
トゥで床をきゅっとターンすればスキャナの蓋とご対面──のはずだったのに。
「……楽しそうで何よりだよ」
黒縁眼鏡の閻魔様という、たったひとりの観客がお出ましだったらしい。
「す、みませんッ!」
さあっ、と血の気が引いて一気に現実に戻る。
何に対してかわからないまま頭を下げると、お約束のようにカルテの束に激突して雪崩が起きた。
どしゃあっと音を立ててカルテが足元に撒き散らされる。
後始末の面倒くささに思いを馳せると共に、電子化のメリットが身に染みた。
古川先生、クッキーとお煎餅じゃこの心の傷は癒されません……。
「……っふ、ふ」
聞き慣れない声にはたと顔を上げれば、口元を覆った永緒先生が明後日の方を向いて肩を震わせていた。
「永緒先生……?」
「いや、すまない。笑うつもりはなかったんだが、タイミングが、その……っく」
私の醜態がツボに入ってしまったのか必死に笑いをこらえる永緒先生に、何と声をかけたものか戸惑いながらカルテを拾い集める。カルテナンバーはめちゃくちゃになってしまったけれど、ホチキス留めされたものばかりなのが不幸中の幸いだ。
「……俺も手伝う」
笑いが沈静化してきた永緒先生も膝をついた。長い指がカルテの束を掴んで埃を払い落とす。
爪の大きな、しなやかな指だった。
綺麗な造形の中に男性らしさがいやらしくなく共存していて、清潔感のある指だ。
「いや、あんなに笑ったのは久しぶりだ」
「私もあんなに笑われたのは久しぶりです……」
手早くナンバー通りに並べ直した永緒先生は近くの椅子を引き寄せて座ると、ホチキスを外してカルテの折り目を直し始めた。
手伝ってくれる……のだろうか?
「あの、永緒先生?」
「手順が違うか」
「いえ、そうではなくて……ご用件が、あるのでは?」
永緒先生の指が止まった。言いにくいことなのだろうか。
「……これから日下部さんにいくつか質問をする。答えたくないものはスルーして構わない。業務上のものではないので、査定に響くだとかそういったことは考えなくていい」
「はっ、はい」
仕事の話ではないとしても、そう予告されると逆に畏まってしまう。
ぴしりと直立して永緒先生を待つと、先生は訝しげに私を見上げてきた。
「……業務の話ではないと言っただろう。座ってくれ。作業しながら話して構わない」
「はい……」
失礼しますと会釈して、紙カルテに添付された検査結果のシートをマスキングテープで貼り直す。
スキャナの読取口に巻き込まれないように丁寧に貼っていると、永緒先生が口を開いた。
ひとつひとつの工程を順序良く進めていくうちに、体の中にリズムが生まれてくる。
「〜♪」
頭の中から漏れ出てきたメロディを纏って、指先がホチキスの針と踊る。
トゥで床をきゅっとターンすればスキャナの蓋とご対面──のはずだったのに。
「……楽しそうで何よりだよ」
黒縁眼鏡の閻魔様という、たったひとりの観客がお出ましだったらしい。
「す、みませんッ!」
さあっ、と血の気が引いて一気に現実に戻る。
何に対してかわからないまま頭を下げると、お約束のようにカルテの束に激突して雪崩が起きた。
どしゃあっと音を立ててカルテが足元に撒き散らされる。
後始末の面倒くささに思いを馳せると共に、電子化のメリットが身に染みた。
古川先生、クッキーとお煎餅じゃこの心の傷は癒されません……。
「……っふ、ふ」
聞き慣れない声にはたと顔を上げれば、口元を覆った永緒先生が明後日の方を向いて肩を震わせていた。
「永緒先生……?」
「いや、すまない。笑うつもりはなかったんだが、タイミングが、その……っく」
私の醜態がツボに入ってしまったのか必死に笑いをこらえる永緒先生に、何と声をかけたものか戸惑いながらカルテを拾い集める。カルテナンバーはめちゃくちゃになってしまったけれど、ホチキス留めされたものばかりなのが不幸中の幸いだ。
「……俺も手伝う」
笑いが沈静化してきた永緒先生も膝をついた。長い指がカルテの束を掴んで埃を払い落とす。
爪の大きな、しなやかな指だった。
綺麗な造形の中に男性らしさがいやらしくなく共存していて、清潔感のある指だ。
「いや、あんなに笑ったのは久しぶりだ」
「私もあんなに笑われたのは久しぶりです……」
手早くナンバー通りに並べ直した永緒先生は近くの椅子を引き寄せて座ると、ホチキスを外してカルテの折り目を直し始めた。
手伝ってくれる……のだろうか?
「あの、永緒先生?」
「手順が違うか」
「いえ、そうではなくて……ご用件が、あるのでは?」
永緒先生の指が止まった。言いにくいことなのだろうか。
「……これから日下部さんにいくつか質問をする。答えたくないものはスルーして構わない。業務上のものではないので、査定に響くだとかそういったことは考えなくていい」
「はっ、はい」
仕事の話ではないとしても、そう予告されると逆に畏まってしまう。
ぴしりと直立して永緒先生を待つと、先生は訝しげに私を見上げてきた。
「……業務の話ではないと言っただろう。座ってくれ。作業しながら話して構わない」
「はい……」
失礼しますと会釈して、紙カルテに添付された検査結果のシートをマスキングテープで貼り直す。
スキャナの読取口に巻き込まれないように丁寧に貼っていると、永緒先生が口を開いた。