閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~
5 問診?
「朝食は摂る方か?」
「へっ?」
顔を上げると、永緒先生がゆっくりと瞬きをして頷いた。
これが質問?
「は、い。今朝はご飯とお味噌汁、昨日のおかずの煮物を少し」
「ふうん。味噌汁の具は?」
「お豆腐とネギ……です」
淡々と続く質問。まるで健康診断の問診だ。
おっかなびっくり答えていると、永緒先生の質問はとりとめのないものばかりがどんどん続く。
「米派なようだが、普段飲むのは緑茶か」
「ええと、最近はルイボスティーを少々」
「付箋はいつも黄色を使っているな。黄色が好きなのか」
「い、いえ。目立つ色を使っているだけで……」
「うちのはす向かいにある家の出窓の前で足を止めている理由は」
「ふかふかのポメちゃんの定位置なのでひと目見たくてっ」
「!? あ、ああ。そうか」
ポメラニアンのくだりは食い気味に答えたら引かれた気がする。それでも構わない。可愛いものに目がない私にとって、ぬいぐるみのような愛くるしさは、通勤中のひそかな癒しなのだから!
……ん? バレているということは全然ひそかではない?
はたと気づいて顔をしかめると、永緒先生は「百面相だな」とこぼしてカルテに視線を落とした。
「ペットが欲しいのか」
次の問診。違う、質問。これはやっぱり従業員のヘルスチェックだろうか。
「ペットは……私ひとりには責任が大きすぎるので飼うつもりはないです。動画とかで癒されてます」
「……ひとり暮らしか」
「はい」
「あまり迂闊に言わないほうがいい」
自分で質問しておいて何を言い出すんだ。
一応、私もうら若き女性ということで配慮してくれているのはわかるけれど。
「あの……社員データ、永緒先生の立場なら見られますよ、ね?」
一般企業で言うところの人事課も兼ねているのだから、個人情報へのアクセスはハードルが低いはずだ。
そう簡単に閲覧されても困るが、業務上必要なことならやむを得まい。
そう言うと、永緒先生は信じられないものを見る目でこちらを凝視すると、ポメ語りをした私並に早口でまくし立ててきた。
「頼むから危機感を持ってくれ。データは厳重にロックしてあるものの、たやすく個人情報を開示するな。何かあってからでは遅いんだぞ」
「はっ? はいっそうですね気をつけますっ」
今度はこっちが引いた。
椅子のキャスターを転がして詰め寄ってきそうな剣幕を、完敗のお手上げでガードする。
永緒先生の眉間に一直線の深い谷のようなシワが寄っている。それが端正な顔立ちについた瑕のようで惜しいな、と思う。
しかし、こういうのが深みある大人なんだろうか。
そう考えると、自分の感性が子どもっぽいなと落ち込んでしまう。
なんだか瞼がぴくぴくする。
その感覚がどうにも嫌で、少し体を背けて瞼を擦ると、短い呻き声がした。
「す、すまない。強く言いすぎたか? ただ、日下部さんに何かあったらと思うと──」
あ、これ私が詰め寄られて涙ぐんだと誤解されてる。
「違います、これは永緒先生が──」
体の位置を戻して、今度こそ固まった。
二の腕のあたりを引き寄せるように掴まれ、表情を確かめるために顎に手を添えられて上げられる。
永緒先生の、整った顔立ちが目の前にあった。
「泣いて……ないのか」
「は……い」
「俺が、何だって?」
「いえ、その……」
眉間のシワをどう考えるべきか悩んでいたなんて、恥ずかしくて口に出せない。
何も言えないまま、口を無意味にぱくぱくと開いては閉じてを繰り返す。
永緒先生の瞳に自分が映っている。それがわかるほど距離が近づいている。
それに気づいたのか、先生はそっと手を離してくれた。
「……急にすまない」
「い、いえ。私こそ紛らわしくて……」
ゆっくりと腕を下ろしたものの、このまますぐカルテの山に向き合うには、永緒先生の視線が気になりすぎる。
かといってどう話を繋いだものかわからないまま、そっと永緒先生を上目遣いでうかがえば、彼は小さく呻いて唇を引き結んだ。
――この仕草。
確かさっきも……そう、受付で永緒先生を見上げた時と同じだ。
眉間にシワを寄せた厳しい顔。
きっと先生の癇に障ることをしてしまったのだ。
閻魔様に睨まれる職員は少なくない。
でも、理由がわからずに謝るのは、何か違う気がした。
「……あの、永緒先生。私に何か仰りたいことがあるのでは」
自分で閻魔様の御前に飛びこむなんてバカみたいと思う。
けれど、ずっともやもやした気持ちを抱えながら永緒先生と接するのも、同じくらいバカみたいだ。
鬼が出るか蛇が出るか。
私の決意が伝わっているのか、永緒先生は一瞬だけ眉間を緩めた。
「日下部さん」
その時――。
「へっ?」
顔を上げると、永緒先生がゆっくりと瞬きをして頷いた。
これが質問?
「は、い。今朝はご飯とお味噌汁、昨日のおかずの煮物を少し」
「ふうん。味噌汁の具は?」
「お豆腐とネギ……です」
淡々と続く質問。まるで健康診断の問診だ。
おっかなびっくり答えていると、永緒先生の質問はとりとめのないものばかりがどんどん続く。
「米派なようだが、普段飲むのは緑茶か」
「ええと、最近はルイボスティーを少々」
「付箋はいつも黄色を使っているな。黄色が好きなのか」
「い、いえ。目立つ色を使っているだけで……」
「うちのはす向かいにある家の出窓の前で足を止めている理由は」
「ふかふかのポメちゃんの定位置なのでひと目見たくてっ」
「!? あ、ああ。そうか」
ポメラニアンのくだりは食い気味に答えたら引かれた気がする。それでも構わない。可愛いものに目がない私にとって、ぬいぐるみのような愛くるしさは、通勤中のひそかな癒しなのだから!
……ん? バレているということは全然ひそかではない?
はたと気づいて顔をしかめると、永緒先生は「百面相だな」とこぼしてカルテに視線を落とした。
「ペットが欲しいのか」
次の問診。違う、質問。これはやっぱり従業員のヘルスチェックだろうか。
「ペットは……私ひとりには責任が大きすぎるので飼うつもりはないです。動画とかで癒されてます」
「……ひとり暮らしか」
「はい」
「あまり迂闊に言わないほうがいい」
自分で質問しておいて何を言い出すんだ。
一応、私もうら若き女性ということで配慮してくれているのはわかるけれど。
「あの……社員データ、永緒先生の立場なら見られますよ、ね?」
一般企業で言うところの人事課も兼ねているのだから、個人情報へのアクセスはハードルが低いはずだ。
そう簡単に閲覧されても困るが、業務上必要なことならやむを得まい。
そう言うと、永緒先生は信じられないものを見る目でこちらを凝視すると、ポメ語りをした私並に早口でまくし立ててきた。
「頼むから危機感を持ってくれ。データは厳重にロックしてあるものの、たやすく個人情報を開示するな。何かあってからでは遅いんだぞ」
「はっ? はいっそうですね気をつけますっ」
今度はこっちが引いた。
椅子のキャスターを転がして詰め寄ってきそうな剣幕を、完敗のお手上げでガードする。
永緒先生の眉間に一直線の深い谷のようなシワが寄っている。それが端正な顔立ちについた瑕のようで惜しいな、と思う。
しかし、こういうのが深みある大人なんだろうか。
そう考えると、自分の感性が子どもっぽいなと落ち込んでしまう。
なんだか瞼がぴくぴくする。
その感覚がどうにも嫌で、少し体を背けて瞼を擦ると、短い呻き声がした。
「す、すまない。強く言いすぎたか? ただ、日下部さんに何かあったらと思うと──」
あ、これ私が詰め寄られて涙ぐんだと誤解されてる。
「違います、これは永緒先生が──」
体の位置を戻して、今度こそ固まった。
二の腕のあたりを引き寄せるように掴まれ、表情を確かめるために顎に手を添えられて上げられる。
永緒先生の、整った顔立ちが目の前にあった。
「泣いて……ないのか」
「は……い」
「俺が、何だって?」
「いえ、その……」
眉間のシワをどう考えるべきか悩んでいたなんて、恥ずかしくて口に出せない。
何も言えないまま、口を無意味にぱくぱくと開いては閉じてを繰り返す。
永緒先生の瞳に自分が映っている。それがわかるほど距離が近づいている。
それに気づいたのか、先生はそっと手を離してくれた。
「……急にすまない」
「い、いえ。私こそ紛らわしくて……」
ゆっくりと腕を下ろしたものの、このまますぐカルテの山に向き合うには、永緒先生の視線が気になりすぎる。
かといってどう話を繋いだものかわからないまま、そっと永緒先生を上目遣いでうかがえば、彼は小さく呻いて唇を引き結んだ。
――この仕草。
確かさっきも……そう、受付で永緒先生を見上げた時と同じだ。
眉間にシワを寄せた厳しい顔。
きっと先生の癇に障ることをしてしまったのだ。
閻魔様に睨まれる職員は少なくない。
でも、理由がわからずに謝るのは、何か違う気がした。
「……あの、永緒先生。私に何か仰りたいことがあるのでは」
自分で閻魔様の御前に飛びこむなんてバカみたいと思う。
けれど、ずっともやもやした気持ちを抱えながら永緒先生と接するのも、同じくらいバカみたいだ。
鬼が出るか蛇が出るか。
私の決意が伝わっているのか、永緒先生は一瞬だけ眉間を緩めた。
「日下部さん」
その時――。