閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~
7 思わぬ契約
そこまで考えてひとつの可能性に至った。
楠閣下の閻魔様がかぴのすけに骨抜きにされてるなんて知れたら、威厳どころの話ではなくなる。
職員を規律で抑えつけている訳ではないけれど、ある程度の緊張感を保てているのはやはり永緒先生の怜悧なまなざしに拠るところが大きい。
「……わかりました。そうだったんですね」
こくりと頷き永緒先生に向き直る。
神妙な顔をしている私に、永緒先生も唇を引き結んだ。
「永緒先生は、私がこれを持っていることを知っていて、今日この場での面談を設けたんですね」
「……っ」
ボールペンを示しながら言えば、永緒先生の口の端が少し歪んだ。
一度崩れた表情を見た後だと、ほころびが見えやすくなっているようで、別人と相対している気持ちになる。
こんな隙を、他の人に――特に森野さんのような人に勘づかれる訳にはいかないだろう。
「つまり、同士を見つけて同盟を結びたかったと」
「…………は」
薄い唇から吐息が漏れる。図星みたい。だって、眉間のシワがこれでもかとばかりに深くなった。
「私に求められているのは、口止めとカモフラージュですね?」
「日下部さん」
待ったをかけるように永緒先生は手を突き出す。だけど、ここまできたら乗りかかった船だ。
確かに永緒先生は閻魔様と呼ばれるほどに厳しくて怖い。
けれど私を気遣ってくれたり、私の失敗に笑ったり、人間らしいところだってある。
何より、森野さんから庇ってくれた恩がある。
だから、私も覚悟を決めた。
「この面談で、私が信頼になる人物と判断して頂けたかはわかりませんが……口は固い方です。お力になれることがあれば、なんなりと仰ってください!」
ぺこりと頭を下げた。
とりあえず言うべきことは言った。
私を信用してくれるかは、永緒先生次第だ。
「日下部さん」
どこか気まずそうな声色。
ちょっと待って。勝手なことばかりまくし立てたけど、これってかなり独りよがりだったんじゃ……!
ぱっと顔を上げる。
「あっ! べ、別に無理にとは言いません。とんちんかんなことを言っていたのなら謝ります。ただ、かぴのすけ好き同士、秘密は守りますので……!」
そうだ。とにかく今は永緒先生の秘密を守ることが最優先。
信頼してもらえなくてもいい。
ただ、こうしてやりとりしたことを時間の無駄だと思われたくなかった。
ふと握りしめたボールペンに目を落とす。
私の決意を応援するように、かぴのすけが短い両腕をこれでもかと突き上げていた。
「……日下部さん。力になれることがあればなんなりと……そう言ったな?」
「は、はい」
「そうか――感謝する」
永緒先生は口の端を歪めて……笑った。
閻魔様。
そうだ、閻魔様は嘘つきの舌を引っこ抜く地獄の番人だ。
私は嘘をついたわけではないけれど、余計なことを口走った自覚だけはある。
たらりと冷や汗が背中を伝う。
永緒先生は、机に肘をついて指を組んだ。
「俺は院内事故調査委員長だ。その業務については知っているか?」
「……ええと、院内のヒヤリハット事例の調査や、発生したエラー内容を精査して未然に防ぐシステム構築、あとは……」
指折り数えてはたと手を止める。
楠閣下の閻魔様。
その二つ名が示す通り、問題職員の炙り出しや、職員間の揉め事処理も一任されている噂もある。
……ちょっと待って、話がなんだかきな臭くなってきていない?
この話の行先が見えなくて口ごもると、永緒先生は軽く頷いて先を促してきた。
「院内での様々なトラブルへの対応……ですとか」
閻魔様の業務をこれ以上ないほどにマイルドに言い換えたつもりだったが、合格点だったようだ。
「そうだな。傍から見ているだけで適切な意訳ができるとは、やはり日下部さんを見込んで正解だったらしい」
見込んだ?
その言葉の意味を探っている間に、永緒先生は椅子にゆったりと掛け直して足を組む。そしてわずかに前のめりになって膝のあたりで指を組んだ。
「日下部さんには俺の秘書として、サポート業務に励んでもらいたい」
……サポート? 私が、閻魔様の?
「肩書きは委員長補佐でどうだろうか。きみの了承を得ればすぐに名刺を手配しよう」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして私が補佐に?」
とんでもないことに巻き込まれている気がして、思わず席を立つ。
永緒先生を見下ろしているというのに、まったく優位に立っている気がしない。
それもそのはず、私を見上げる永緒先生は、ゆったりと唇の端をつり上げて――笑った。
「きみが言ったんだろう。力になれることがあるならなんなりと、と」
「そ、それは……」
可愛いもの好きを隠したいのだと思って。
「信頼に足る人物かどうか試すためにも、補佐役の立場を与え、近くで見極めさせてもらうというのは理にかなっていると思うが」
「あ、あのですね」
もう少し穏便かつ、回りくどい見極め方もあるのでは?
そんなことを言うまでもなく、外堀が埋められていくのを感じる。
だってこのままだと、待っているのは間違いなく――。
固まっている私をよそに、永緒先生は胸ポケットから手帳を取り出すとさらさらと何かを書きつける。
ピッと破られた紙片をこちらに渡すよどみない仕草に、受け取り拒否をするのも忘れてしまった。
角張った文字が示していたのは。
日下部唯殿
院内事故調査委員長補佐を命じる
「簡易的ではあるが辞令だ。正式なものは追って通達する。労働条件などの詳細もその時に詰めよう」
そう言って口角を上げた永緒先生は、閻魔様のような顔をしていた。
楠閣下の閻魔様がかぴのすけに骨抜きにされてるなんて知れたら、威厳どころの話ではなくなる。
職員を規律で抑えつけている訳ではないけれど、ある程度の緊張感を保てているのはやはり永緒先生の怜悧なまなざしに拠るところが大きい。
「……わかりました。そうだったんですね」
こくりと頷き永緒先生に向き直る。
神妙な顔をしている私に、永緒先生も唇を引き結んだ。
「永緒先生は、私がこれを持っていることを知っていて、今日この場での面談を設けたんですね」
「……っ」
ボールペンを示しながら言えば、永緒先生の口の端が少し歪んだ。
一度崩れた表情を見た後だと、ほころびが見えやすくなっているようで、別人と相対している気持ちになる。
こんな隙を、他の人に――特に森野さんのような人に勘づかれる訳にはいかないだろう。
「つまり、同士を見つけて同盟を結びたかったと」
「…………は」
薄い唇から吐息が漏れる。図星みたい。だって、眉間のシワがこれでもかとばかりに深くなった。
「私に求められているのは、口止めとカモフラージュですね?」
「日下部さん」
待ったをかけるように永緒先生は手を突き出す。だけど、ここまできたら乗りかかった船だ。
確かに永緒先生は閻魔様と呼ばれるほどに厳しくて怖い。
けれど私を気遣ってくれたり、私の失敗に笑ったり、人間らしいところだってある。
何より、森野さんから庇ってくれた恩がある。
だから、私も覚悟を決めた。
「この面談で、私が信頼になる人物と判断して頂けたかはわかりませんが……口は固い方です。お力になれることがあれば、なんなりと仰ってください!」
ぺこりと頭を下げた。
とりあえず言うべきことは言った。
私を信用してくれるかは、永緒先生次第だ。
「日下部さん」
どこか気まずそうな声色。
ちょっと待って。勝手なことばかりまくし立てたけど、これってかなり独りよがりだったんじゃ……!
ぱっと顔を上げる。
「あっ! べ、別に無理にとは言いません。とんちんかんなことを言っていたのなら謝ります。ただ、かぴのすけ好き同士、秘密は守りますので……!」
そうだ。とにかく今は永緒先生の秘密を守ることが最優先。
信頼してもらえなくてもいい。
ただ、こうしてやりとりしたことを時間の無駄だと思われたくなかった。
ふと握りしめたボールペンに目を落とす。
私の決意を応援するように、かぴのすけが短い両腕をこれでもかと突き上げていた。
「……日下部さん。力になれることがあればなんなりと……そう言ったな?」
「は、はい」
「そうか――感謝する」
永緒先生は口の端を歪めて……笑った。
閻魔様。
そうだ、閻魔様は嘘つきの舌を引っこ抜く地獄の番人だ。
私は嘘をついたわけではないけれど、余計なことを口走った自覚だけはある。
たらりと冷や汗が背中を伝う。
永緒先生は、机に肘をついて指を組んだ。
「俺は院内事故調査委員長だ。その業務については知っているか?」
「……ええと、院内のヒヤリハット事例の調査や、発生したエラー内容を精査して未然に防ぐシステム構築、あとは……」
指折り数えてはたと手を止める。
楠閣下の閻魔様。
その二つ名が示す通り、問題職員の炙り出しや、職員間の揉め事処理も一任されている噂もある。
……ちょっと待って、話がなんだかきな臭くなってきていない?
この話の行先が見えなくて口ごもると、永緒先生は軽く頷いて先を促してきた。
「院内での様々なトラブルへの対応……ですとか」
閻魔様の業務をこれ以上ないほどにマイルドに言い換えたつもりだったが、合格点だったようだ。
「そうだな。傍から見ているだけで適切な意訳ができるとは、やはり日下部さんを見込んで正解だったらしい」
見込んだ?
その言葉の意味を探っている間に、永緒先生は椅子にゆったりと掛け直して足を組む。そしてわずかに前のめりになって膝のあたりで指を組んだ。
「日下部さんには俺の秘書として、サポート業務に励んでもらいたい」
……サポート? 私が、閻魔様の?
「肩書きは委員長補佐でどうだろうか。きみの了承を得ればすぐに名刺を手配しよう」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして私が補佐に?」
とんでもないことに巻き込まれている気がして、思わず席を立つ。
永緒先生を見下ろしているというのに、まったく優位に立っている気がしない。
それもそのはず、私を見上げる永緒先生は、ゆったりと唇の端をつり上げて――笑った。
「きみが言ったんだろう。力になれることがあるならなんなりと、と」
「そ、それは……」
可愛いもの好きを隠したいのだと思って。
「信頼に足る人物かどうか試すためにも、補佐役の立場を与え、近くで見極めさせてもらうというのは理にかなっていると思うが」
「あ、あのですね」
もう少し穏便かつ、回りくどい見極め方もあるのでは?
そんなことを言うまでもなく、外堀が埋められていくのを感じる。
だってこのままだと、待っているのは間違いなく――。
固まっている私をよそに、永緒先生は胸ポケットから手帳を取り出すとさらさらと何かを書きつける。
ピッと破られた紙片をこちらに渡すよどみない仕草に、受け取り拒否をするのも忘れてしまった。
角張った文字が示していたのは。
日下部唯殿
院内事故調査委員長補佐を命じる
「簡易的ではあるが辞令だ。正式なものは追って通達する。労働条件などの詳細もその時に詰めよう」
そう言って口角を上げた永緒先生は、閻魔様のような顔をしていた。