閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~
8 新天地
日下部唯 殿
院内事故調査委員長補佐 に任じる
手書きからプリントアウトされたものに代わり、院長の角印まで捺された正式な辞令は院内掲示板によって全職員に知れ渡った。
「閻魔様の部下だって」
「うっわあカワイソー」
「なにやらかしたんだろうな」
「逆に大抜擢なんじゃない?」
人の口に戸は立てられない。
いろんな噂が頭の上を飛び交っては、無責任の残滓を撒き散らして消えていく。
私はといえば……いまだに永緒先生直筆の辞令を持っていることが夢なんじゃないかと思っている。
「ふうん、閻魔様にうまく取り入ったのね?」
休憩室でおにぎりを頬張っていると、同じように休憩に入った森野さんがコンビニの袋を持って入ってきた。
開口一番そんなことを言われて、なんと返したものかと口ごもってしまう。
「大方、私に仕事を押しつけられただのなんだの、あることない事でっちあげたんでしょう。閻魔様はネタを探し回ってるハゲタカだものね」
永緒先生はそんな意地悪な気持ちで仕事をしている訳ではない……と思う。
ヒヤリハット事象の蒐集も、エラーを防止するためのシステム構築もこの病院のためだし、ひいては患者さんのため……命のためだ。
起きたエラーを隠し通したらその場はしのげても、目も当てられない結果を引き連れて返ってくる。
その結果、危険に晒されるのは患者さんなのだ。
だから、永緒先生は心血を注いで仕事に向き合っている……と私は思う。
「いい? これ以上チクっても無駄よ。だって私の方が先輩なの。先輩が部下に指示を出すのは当然だし、同じ外来クラークで働く同僚でもあるんだから、ミスは互いにカバーするのが当然でしょう?」
正論だ。
だけど、実態とは大きくかけ離れている。
確かに森野さんの方が年次は上だけれど上司ではないし、今まで受けてきた仕打ちは互いに助けあうというより尻拭いの押しつけだ。
「そもそも、外来クラークなんてただの受付。そんなところのトラブルなんてまともに取り合ってくれるわけないでしょ。誰がチクったかなんてすぐにバレて気まずい思いをするだけだし……」
森野さんは誤解している。
そもそも私は永緒先生に森野さんのことを言ってはいない。あんなにあからさまなことをやっていたら、永緒先生でなくても気がつく。
それをわざわざ口に出して牽制した気でいるなんて――これ以上は墓穴を掘ることになるとわからないのだろうか?
「森野さん、私は」
「日下部さん、利用されたんじゃないの? 長い肩書きもらってるけど、要するに雑用でしょ? じーちゃん先生のカルテ流しから閻魔様の下っ端なんて、昇進どころか降格じゃない」
「……っ」
利用、は……確かに、そうかもしれないけれど。
でも、永緒先生みたいに優秀なひとが部下を指名するのは、余程のことだ。
今まで副委員長すらいなかったのがその証拠。
だから辞令を受けたのはいまでも有り得ないと思っているし、分不相応だとも思っている。
たとえきっかけがゆるキャラだろうが、永緒先生はその場のノリで人事に口を出すような軽いひとではない。だからこそ、私も自分にできることを懸命に勤めようと決めていたのに。
「それともなぁに? 閻魔様に取り入って院内政治に首突っ込むようなことでも企んでたり」
「そ、んなっ」
黙って聞いていれば、次から次へと憶測でものを語りすぎだ。院内政治だなんて、ドラマで見るような大学病院内のごたごたでしか縁がない。
もしこの話を永緒先生に聞かれでもしたら――。
院内事故調査委員長補佐 に任じる
手書きからプリントアウトされたものに代わり、院長の角印まで捺された正式な辞令は院内掲示板によって全職員に知れ渡った。
「閻魔様の部下だって」
「うっわあカワイソー」
「なにやらかしたんだろうな」
「逆に大抜擢なんじゃない?」
人の口に戸は立てられない。
いろんな噂が頭の上を飛び交っては、無責任の残滓を撒き散らして消えていく。
私はといえば……いまだに永緒先生直筆の辞令を持っていることが夢なんじゃないかと思っている。
「ふうん、閻魔様にうまく取り入ったのね?」
休憩室でおにぎりを頬張っていると、同じように休憩に入った森野さんがコンビニの袋を持って入ってきた。
開口一番そんなことを言われて、なんと返したものかと口ごもってしまう。
「大方、私に仕事を押しつけられただのなんだの、あることない事でっちあげたんでしょう。閻魔様はネタを探し回ってるハゲタカだものね」
永緒先生はそんな意地悪な気持ちで仕事をしている訳ではない……と思う。
ヒヤリハット事象の蒐集も、エラーを防止するためのシステム構築もこの病院のためだし、ひいては患者さんのため……命のためだ。
起きたエラーを隠し通したらその場はしのげても、目も当てられない結果を引き連れて返ってくる。
その結果、危険に晒されるのは患者さんなのだ。
だから、永緒先生は心血を注いで仕事に向き合っている……と私は思う。
「いい? これ以上チクっても無駄よ。だって私の方が先輩なの。先輩が部下に指示を出すのは当然だし、同じ外来クラークで働く同僚でもあるんだから、ミスは互いにカバーするのが当然でしょう?」
正論だ。
だけど、実態とは大きくかけ離れている。
確かに森野さんの方が年次は上だけれど上司ではないし、今まで受けてきた仕打ちは互いに助けあうというより尻拭いの押しつけだ。
「そもそも、外来クラークなんてただの受付。そんなところのトラブルなんてまともに取り合ってくれるわけないでしょ。誰がチクったかなんてすぐにバレて気まずい思いをするだけだし……」
森野さんは誤解している。
そもそも私は永緒先生に森野さんのことを言ってはいない。あんなにあからさまなことをやっていたら、永緒先生でなくても気がつく。
それをわざわざ口に出して牽制した気でいるなんて――これ以上は墓穴を掘ることになるとわからないのだろうか?
「森野さん、私は」
「日下部さん、利用されたんじゃないの? 長い肩書きもらってるけど、要するに雑用でしょ? じーちゃん先生のカルテ流しから閻魔様の下っ端なんて、昇進どころか降格じゃない」
「……っ」
利用、は……確かに、そうかもしれないけれど。
でも、永緒先生みたいに優秀なひとが部下を指名するのは、余程のことだ。
今まで副委員長すらいなかったのがその証拠。
だから辞令を受けたのはいまでも有り得ないと思っているし、分不相応だとも思っている。
たとえきっかけがゆるキャラだろうが、永緒先生はその場のノリで人事に口を出すような軽いひとではない。だからこそ、私も自分にできることを懸命に勤めようと決めていたのに。
「それともなぁに? 閻魔様に取り入って院内政治に首突っ込むようなことでも企んでたり」
「そ、んなっ」
黙って聞いていれば、次から次へと憶測でものを語りすぎだ。院内政治だなんて、ドラマで見るような大学病院内のごたごたでしか縁がない。
もしこの話を永緒先生に聞かれでもしたら――。