閻魔様の恋カルテ~冷徹ドクターの秘密は恋のはじまり~

9 閻魔様に守られて

「それ以上は看過できない。俺の部下への侮辱になる」

 休憩室のドアが開いていた。
 形ばかりのノックをコン、コンとゆっくり響かせながら、永緒先生が入ってくる。
 黒縁眼鏡の奥の瞳が逆光でうまく見えない。
 それでも、永緒先生と森野さんを交互に見渡せば、明らかに森野さんは狼狽していた。

「な、なんで永緒先生がここに……っ」
「ここは職員の共用スペースだ。決して鍵のかかる密室ではない。だから」

 ――内緒話は、時と場所を選んだほうが身のためだ。

 ぞくりと鳥肌が立つほどに、冷徹な声色だった。
 眼鏡の奥が見えなかろうと関係ない。永緒先生がこの場所を支配していることは明白なのだから。
 蛇に睨まれた蛙のように黙りこくった森野さんが、ごくりと喉を鳴らして永緒先生からじりじりと後ずさり距離をとる。出入口はひとつしかないから彼女の行為はまったくもって無意味なのだけれど、気持ちはわかる。

「森野さん。きみの発言にはいくつも修正点があるが、それをすべてあげつらうことが目的ではない。だが、大切なことだけは言っておこう」

 永緒先生は私を手招きした。
 ソファーに置いてあった私物を手早くまとめて席を立つ。
 すると、彼は私をドアの外へ導くように体の角度を変えた。促されるままに従うと、ちょうど寄り添うような立ち位置になる。

「外来クラークは当院の顔とも言えるべき立派な役割を果たしている。患者さんや業者さんが最初に接するのは医師ではなくきみたちだ。その印象こそが信頼関係を築く土台となる。そこで働く当の本人がその認識を改めないようでは、こちらとしても考えねばならない」

 その言葉は森野さんだけではなく、私の胸にもずしんと響いた。
 森野さんにただの受付と言われても、違和感を持てなかったのは私も同じだ。
 所詮、受付事務だから。
 そうやって、自分の仕事を軽んじることで悪口を受け流そうとしていた。

 ――恥ずかしい。

 そっと目を伏せていると、永緒先生の手が背中に触れたような気がした。

「業務についての説明がある。行くぞ、日下部補佐」
「は、はいっ」

 休憩室に取り残された森野さんにぺこりと会釈して永緒先生の後に続く。
 見上げた背中は、たくましかった。
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