人は見た目に騙される
桜都は何事もなかったように作業へ戻った。
怒らないし嫌な顔もしない。
誰かを責めることもしない。
ただ、必要なことだけを言う。それが桜都だった。
定時が近づく周囲では声のトーンが明るくなる。
「今日飲みに行かない?」
「今月忙しかったよね」
「ボーナス何に使う?」
そんな会話が飛び交っている。桜都はパソコンを閉じた。
「お疲れさまでした」
「もう帰るの?」
「はい」
「付き合い悪いなあ」
桜都は振り返る。
「すみません」
そう言って頭を下げる。謝っているように見えて、その顔には何の感情もない。
そしてそのまま会社を出る。それを見送った社員が小さく呟いた。
「……やっぱり氷の人形だよな」
誰かが笑う。けれど悪意ばかりではなかった。桜都は仕事ができる。
頼めば正確にやってくれるし、余計な噂話もしない。
誰かの失敗を笑わないし、誰かの秘密を他人に話すこともない。
ただ、人に近づかない。
自分から誰かを誘うこともない。
休日の話もしない。
恋人の話もしない。
家族の話もしない。
…そして笑わない。
怒らないし泣かない。
だから周囲は彼女をこう呼ぶようになった。
「氷の人形」
地味で近寄りがたい会社員。その時の桜都は周りからそう見えていた。